伝記
シャナクダケテ(シャナクダケト、サナカダケテとも綴られる)は、古代ヌビアのクシュ王国を治めた女王である。クシュの女王はカンダケと呼ばれる。生没年は伝わらず、治世の時期も研究によって大きく食い違う。名は「シャナク(女神ムトのヌビア名)が彼女を産んだ」の意とされる。出自や家系ははっきりしない。
かつての研究では、彼女の碑文がメロエ文字の最古の例と見なされ、紀元前2世紀後半、あるいは紀元前170年から150年頃、短くとも170年から160年頃の統治と考えられてきた。この考えでは、クシュで最初に記録された女王ということになる。そのため、碑文の持ち主不明のピラミッド(Beg. N 11)や、女性の支配者と王位に就かない王子を表した双体像も彼女のものとされていた。ところが2004年、エジプト学者クロード・リリーが碑文の書体を見直し、ずっと後の、紀元前1世紀から紀元後1世紀への変わり目か、紀元後1世紀前半の人物だと結論した。ピラミッドと双体像は、紀元前2世紀の女王ナヒルコのものと改められ、この再検討は、ジャニス・イェリン(2020年)やフランシス・ブライヤー(2022年)ら多くの研究者に受け入れられている。象形文字の綴りが似ていることから、同じ女王のアマニシャケトと近い時代の人物とされ、ヨゼフィーネ・クッケルツ(2021年)はその後継者として、紀元後1世紀前半の統治と位置づけた。アマニシャケトと同一人物だとする説もある。
彼女が知られるのは、ナカの神殿Fの象形文字碑文によってである。神殿Fは彼女が、同じ場所にあった古い建物に替えて築いたもので、遺跡で最古の建造物とされる。前半部には内部の仕切りがあり、神々が奥の壁に向かう珍しい配置を持つ。祭壇の壁龕の両側の柱には、ラースロー・テレクが示すとおり、「ラーの子、二つの国の主、シャナクダケテ」という称号が刻まれている。碑文には女王を表した浮彫が添えられるが、損傷がひどい。メロエ文字は、クシュの人々が自分たちの言葉を書き表すために、アルカマニの治世の頃に用いはじめたアルファベット式の文字であり、文字は解読されたが言語はまだ十分には理解されていない。彼女の碑文はこの文字で知られる最古の例とされてきた。
浮彫には、額に高位のしるしを付け、王冠をかぶり、羽飾りのある太陽円盤を戴く姿が表されている。衣装や装身具は古代エジプトの王の表現に近く、守護のコブラであるウラエウスも付けている。首飾りと耳飾りには、アモン神の聖獣である山羊の頭が飾られている。そばに立つ王子は、左肩にかけたギリシア風の衣をまとい、王冠ではなく帯だけを着けている。彼女の墓の礼拝堂の凹浮彫では、装飾のある衣と宝飾を身につけ、ライオン形の王座にすわり、右手に槍と棕櫚の枝、左手を上げている。男性と並んで表されても、その男性に王のしるしはなく、いつの時期にか、メロエの全土を単独で治めたらしい。女王として宗教上も重要な役割を担ったという。
メロエにある彼女のピラミッドは、タニダマニのものの隣に比定されたが、名が残らず確実ではない。ナカで見つかった二重の王名枠に刻まれた草書体の象形文字は「古典的」な様式とされ、タニダマニの王名枠には見られないが、それでもタニダマニを彼女の後継者とみなす研究者がいる。この王名枠をメロエ象形文字で最古の碑文と見る立場もあるが、時期はより遅いとする見方もある。またイェリン(2014年)とクッケルツは、大きなピラミッド(Beg. N 21)を彼女のものとする推測を示している。
同じ年に亡くなった人物
- ガイウス・ポルキウス・カト (紀元前 160年(推定))
- ガイウス・カッシウス・ロンギヌス (紀元前96年の執政官) (紀元前 160年(推定))
- カナーダ (紀元前 160年(推定))
- デメトリオス2世 (紀元前160)
- Apollonius of Tralles (紀元前160)
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