伝記
ケンテトカ(ケンテテンカとも表記される)は、古代エジプト第4王朝の王ジェドエフラーの妃である。紀元前26世紀ごろの人物とされ、生没年は分かっていない。両親が誰であったかも伝わっていない。
彼女の称号としては、「王の愛する妻」「ホルスとセトを見る者」「ホルスの随行者」「ネイトの女神官」などが知られている。このほかにも「賛美の大いなる者」「ヘテス杖の大いなる者」「主の前で崇敬される者」といった称号が残る。ネイトの女神官の称号は、読みに疑問が残るとされる。これらの称号と、名が見つかった場所から、ジェドエフラーの妻であったことは確実とされる。
ケンテトカの存在を今に伝えるのは、アブ・ロアシュにあるジェドエフラーのピラミッド複合体の葬祭神殿で見つかった彫像である。約13点の断片が確認されており、ルーヴル美術館、ミュンヘン、ギザの発掘用の倉庫、カイロのフランス東方考古学研究所の収蔵庫などに分かれて保管されている。彫像のなかには、王の足もとにひざまずく姿で表されたものがある。エジプト美術は身分に応じて像の大きさを変える決まりをもっていたため、彼女の像は王に比べて不自然なほど小さい。
ジェドエフラーには複数の子がいた。息子にはセトカ、バカ、ホルニト、そしておそらくニカウジェドエフラーがおり、娘にはネフェルヘテペスとヘテプヘレスがいる。長男にあたる「王の長子」の称号を、セトカ、バカ、ホルニトの3人がそれぞれ名乗っていた。このことから、王には少なくとも3人の妻がいたと考えられ、ケンテトカが母であるとしても、この3人のうちの1人の母にとどまる。王にはヘテプヘレスという名の別の妻もおり、ケンテトカとこの妻のどちらが、あるいは別の女性が子らの母であったのかは分かっていない。ネフェルヘテペスについては、ヘテプヘレスの娘であったとする説が出されている。
墓についても確かなことは分かっていない。ジェドエフラーのピラミッド複合体の南西の隅にある建造物が、ケンテトカの埋葬地ではないかと提案されたことがある。マラジョリオとリナルディは、これが王妃のピラミッドであり、ケンテトカのものである可能性があると考えた。一方、シュターデルマンとヤーノシュは、これを祭祀用のピラミッドとみる。祭祀用ピラミッドは通常、複合体の南東の隅に置かれるが、ジェドエフラーの複合体は一般的な向きとは異なる配置になっている。この違いは、祭祀用ピラミッドが通常と異なる位置に建てられたことを意味するのかもしれず、問題の建造物がその祭祀用ピラミッドだという可能性が残る。この問いに答えるには、さらなる発掘が必要とされている。
同じ年に亡くなった人物
- バカ (ファラオ) (紀元前 2600年(推定))
- ヘヌトセン (紀元前 2600年(推定))
- Prince Rahotep (紀元前2600)
- Ankhhaf (紀元前2600)
- ビケリス (紀元前2600)
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