HISTORICAL PERSON · 紀元前2500没

Aanepada

ウル第1王朝の王で、メサンネパダの子。父の名を記した奉納板にニンフルサグ神殿を建てたと刻まれ、イナンナへの献納を記した銅合金の基礎釘も見つかっている。

生涯
紀元前2500没
死亡地
—
出生地
—
出典
世界地図
位置情報未登録

伝記

アアネパダは、古代メソポタミアのシュメール都市ウルの第1王朝の王である。初代の王メサネパダの子で、王朝の2代目にあたるとされ、紀元前25世紀ごろの人物と考えられている。名前はアンニパッダとも綴られる。

その名を伝える最も有名な資料は、エル・ウバイド(テル・アル・ウバイド)で見つかった奉納の粘土板である。そこには「ニンフルサグ女神のために、ウルの王メサネパダの子、ウルの王アアネパダが神殿を建てた」という趣旨の文が刻まれている。1922年から翌年の冬にかけて、レナード・ウーリー卿がウルに近いウバイドを発掘した際、神殿が立っていたとみられる日干しレンガの基壇のふもとから、白い石灰岩の小さな細長い板として見つかった。基壇の上にあった小さいが装飾の豊かな神殿は、古代のうちに完全に破壊されており、青銅の像や浮彫りなど多くの装飾の破片が、その足もとにまとまって埋もれていたという。

この発見によって、父メサネパダがウル第1王朝の創始者として確認された。それまで神話上の人物とみなされていた古代シュメールの支配者が、実在したことが初めて示された点で重要である。また、イナンナ女神への奉納を記した銅合金の基礎の円錐も知られている。1854年にジョン・テイラーがウルの発掘で見つけ、現在は大英博物館にある。長さは約34.3センチ、重さは約1.7キログラムで、ほかの2点の品とともに出土し、おそらく基礎の奉納物をなしていた。この円錐の銘文は長く見過ごされ、1928年にJ・C・ガッドが公表して内容が知られた。

治世について分かることは少なく、宗教的な建造物にかかわる記述が中心である。ウルの王の名を連ねるシュメール王名表には、理由は分からないが名が挙げられていない。ラガシュにまで政治的な影響が及んだともいわれる。弟のメスキアンヌンが後を継いだとされる。ウルの王家墓地にある墓PG580が、彼の墓ではないかとする説があり、そこからは短剣、銅合金の斧やのみ、銛、槍の穂先、装身具などが出土している。同時代のラガシュ王ウル・ナンシェと同時期の人物だったとする見方もある。

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