伝記
デキムス・ユニウス・ユウェナリスは、古代ローマ時代の風刺詩人である。60年ごろに生まれ、128年ごろに亡くなったとされ、アクイノの出身と伝えられる。痛烈な詩を残したことで知られ、現実をやや誇張し歪めた表現をよく用いた。代表作は十六篇からなる『風刺詩集』で、「パンとサーカス」や、「健全なる精神は健全なる身体に宿る」の名で知られる言葉が、この詩集に見える。
生涯はよく分かっていない。伝統的な伝記は、彼を裕福な解放奴隷の子、実子か養子であるとし、ヒスパニア出身の解放奴隷だったとするものもある。弁論家クィンティリアヌスの弟子で、中年になるまで弁論術を修め、詩作は40歳ごろから始めたとも伝わる。友人には、同じくヒスパニア出身の警句詩人マルティアリスがいたとされる。また、権勢を誇った喜劇役者パリスを侮辱したために、エジプトなどへ追放され、80歳ごろに風刺のために左遷されて亡くなったとする話もある。だがこうした記述の多くは彼自身の詩からの推測にすぎず、追放の話は後世の創作だと疑う研究者が多い。一方で、93年から96年ごろの追放を事実とみる研究者もおり、意見は分かれる。詩がエジプトやブリタニアの事情を知っているような書きぶりをしていることが、追放伝承のもとになったとも考えられている。アクイノで見つかった碑文には、ケレス女神への奉献者として同名のユウェナリスの名があり、軍の護民官などを務めた人物と刻まれているが、風刺詩の強い反軍的な調子と合わず、詩人本人ではなく後の親族だろうと考える研究者が多い。詩人としての名声も生前ではなく、おそらく4世紀ごろから広まったと考えられている。
彼が生きたのはパクス・ロマーナの最中であった。『風刺詩集』の第2歌では、紀元前3世紀の英雄デンタトゥスの名を借りて、当時の頽廃した性風俗を痛烈に批判している。現実の描写は誇張が強いため、詩の記述をそのまま史実の証拠とするのは難しい。ローマの都市や社会を多方面から描く貴重な史料ともみなされ、異教のローマへの厳しい批判としても読めたため、キリスト教の修道院の写字室で書き写されて伝わったのではないかとされる。
有名な一節は第10篇の第356行にある。この篇は、人々が神々に願う欲望を一つずつ挙げて戒める詩で、キケロのような才を求める者は彼の非業の最期を思い出せ、と皮肉り、アレクサンドロス3世は生前は広大な領土に満足できなかったのに、死ねば棺一つで足りたと述べる。それでも願うなら「健全な精神が健全な身体の中にありますように、と願われるべきである」と結ぶ。日本ではこれが「健全なる精神は健全なる身体に宿る」として定着し、身体が健全なら精神も健全になる、という意味に受け取られてきた。しかし原文は願望を表す形で、本来は、願い事は控えめにせよという皮肉とも読める。近代の大戦の時代には、各国がこの言葉を身体を鍛えることだけで精神が得られるかのように改めて用い、軍国主義を進めるスローガンにしたといわれる。日本にこの言葉を広めたのは、徳育・知育・体育の三育を唱えたジョージ・アダムス・リーランドだと考えられている。関東大震災の後、思想善導のためにスポーツが用いられた際にも、この一節が引かれるようになったとする説がある。現在では、身体と精神の密接な関係とバランスを表す言葉として使われることが多く、スポーツ用品メーカーのアシックスは、この語をアレンジした言葉の頭文字を社名にしている。
同じ年に亡くなった人物
- 己婁王 (128年没)
同じ地域に関係する人物
- アルド・モーロ (1978年没)
- ベネディクトゥス3世 (ローマ教皇) (858年没)
- ジュリア・ファルネーゼ (1524年没)
- ハドリアヌス6世 (ローマ教皇) (1523年没)
- パオロ・フェラーリ (2018年没)