伝記
ジョヴァンニ・ベッリーニは、ヴェネツィアで生まれたイタリア・ルネサンス期の画家である。画家一族として知られるベッリーニ家の中でも最も重要な画家とされ、ヴェネツィア派の第一世代を代表する。父は画家のヤーコポ、兄は同じく高名なジェンティーレで、パドヴァ派の大画家マンテーニャは義兄弟にあたる。生年は不明で、1430年ごろと推定されるが、1433年ごろ、あるいはそれ以降とする見方もある。ヴァザーリは1516年に90歳で没したとして1426年生まれと考えたが、母アンナ・リンヴェルシの遺言書などの文書によって、この説は否定されている。
生涯の記録は乏しく、重要な作品の多くも確実な位置づけを欠く。生まれた順にも定説がなく、長兄が誰かは分からないうえ、1985年に4人目の兄弟ニッコロの存在が見つかっている。嫡出かどうかも議論があり、母の遺言書に名が出ないことから別の母の子とする説が出されたが、根拠は乏しく、後の研究は慎重である。ジョヴァンニは父の家で育ち、兄弟とともに工房で仕事を覚えた。当時のヴェネツィアで最も重要な画家の拠点は父の工房とヴィヴァリーニ家で、彼の作品はその流れに連なる。画業の始まりは1445年から1450年ごろとされるが、確実にこの時期とされる作品はない。確かな最初の言及は1459年4月9日の公証人の文書で、当時はサン・リオに一人で住んでいた。
1460年には、パドヴァのサンタントニオ聖堂のため、ヤーコポ、ジェンティーレとともに、失われた祭壇画を制作したという証言が残る。30歳近くまでの作品は深い宗教的感情と人間的な悲哀に満ち、すべて伝統的なテンペラで描かれた。マンテーニャは1453年に義兄弟となり、初期の作品はしばしばその影響を指摘され、これにフォルリのアンスイーノの影響が加わって、形の荒さや細部への凝った描写が見られるが、次第に穏やかになる。1455年ごろの『磔刑』や、ヴェネツィアのコッレール美術館の『変容』などでは人物の解剖が骨ばり、風景には細かな描写と硬い線が見られる。1459年ごろの『園の祈り』はマンテーニャの同主題の作品と似るが、色彩はより自然で、形は曲線で柔らかくされている。1460年作の『ピエタ』もテンペラで描かれ、硬質な画風にマンテーニャの影響がみられる。
1480年ごろから新しい技法の油彩を用い、柔和な表現と華麗な色彩を特色とする、ヴェネツィア派風の作風へ移った。透明で乾きの遅い油絵具によって、濃く豊かな色調と細やかな陰影を生み出し、贅沢な色彩と大気を感じさせる風景は、弟子のジョルジョーネやティツィアーノに大きな影響を与えたとされる。ヴェネツィア絵画は、彼によってより官能的で色彩豊かな方向へ進んだと評価される。長い画業のなかで多くの聖母子像を残し、それらは伝統的な図像に則りながら、ごく普通の母子の肖像のような人間味と親近感を与える。没年の1516年には80代半ばの高齢だったが、晩年に至っても筆力は衰えなかったことが現存する作品からうかがえる。1516年11月26日にヴェネツィアで没した。カクテルのベッリーニの名は、彼に由来する。
同じ年に亡くなった人物
- 'A'isha al-Ba'uniyya (1516年)
- ジュリアーノ・デ・メディチ (ヌムール公) (1516年没)
- フアン・ディアス・デ・ソリス (1516年没)
- ヨハンネス・トリテミウス (1516年没)
- ジョヴァンニ・アントーニオ・ボルトラッフィオ (1516年没)
同じ地域に関係する人物
- ピエトロ・フランチェスコ・カヴァッリ (1676年没)
- ピエトロ・ロレダン (1570年没)
- Isabella Teotochi Albrizzi (1836年没)
- ペタル・クレシミル4世 (1074年没)
- Francesco Cornaro (1656年没)