HISTORICAL PERSON · 1977年没

ルネ・ゴシニ

フランスの作家・編集者で、漫画原作者。『アステリックス』『ラッキー・ルーク』『プチ・ニコラ』などの原作で知られる。

生涯
1977年没
死亡地
フランス共和国(パリ / 17区)
出生地
フランス共和国(5区)
出典
世界地図
フランス共和国(パリ)

伝記

ルネ・ゴシニは、1926年8月14日にパリで生まれ、1977年11月5日にパリで没したポーランド系フランス人の作家・編集者である。漫画原作者として、『アステリックス』(作画はアルベール・ユデルゾ)、『ラッキー・ルーク』(作画はモリス)、『プチ・ニコラ』(絵はジャン=ジャック・サンペ)などの代表作を持つ。世界で5億冊以上が売れたとされ、フランスの作家のなかでも世界的な成功を収めた一人であり、日本ではルネ・ゴッシニイとも表記される。

ポーランド出身のユダヤ教徒の家に生まれた。父はワルシャワの化学技師、母はいまのウクライナにあたる土地の村の出身で、二人は1919年に結婚している。1920年12月10日に兄のクロードが生まれ、その6年後にルネが誕生した。1928年、父の仕事の都合で一家はアルゼンチンのブエノスアイレスに移る。この移住によって、ヨーロッパに残った親族と同じ運命をたどらずにすんだとも言われる。ルネは現地のフランス人学校で学び、楽しい幼少期を過ごした。内気さを克服しようとして、クラスの道化役を買って出たという。読んだ本の挿絵に感銘を受けて、幼くして絵を描き始めた。『プチ・ニコラ』の登場人物には、学校時代の記憶を元にしたものがあるとされる。

17歳で学校を卒業してから2年後の1943年12月、父が脳内出血で亡くなり、自分で仕事を探すことになった。翌年にタイヤ修理工場の会計助手の職を得たが、一年で解雇され、広告代理店にイラストレーター見習いとして就職した。1945年には母とその兄弟のボリスを頼って、ニューヨークへ移住する。アメリカ陸軍の徴兵から逃れようとフランスへ渡り、1946年にフランス陸軍へ入隊して、オーバーニュの第141山岳歩兵部隊に配属された。上位兵長の推薦で連隊のイラストレーターになり、陸軍のポスターやイラストを手がけた。

その後、1947年4月30日に再びニューヨークへ向かい、人生でもっとも苦しい時期を迎える。孤独で、仕事もなく、すっかり落ち込んでいたという。1948年に小さなスタジオで働き始め、のちに雑誌『マッド』を立ち上げることになるハーベイ・カーツマンらと同じ場で仕事をした。1949年には、『ラッキー・ルーク』の作者であるベルギー人の漫画家モリスと知り合った。1950年には最初の漫画を描いたが、自動車を描くのが苦手で、登場人物は走って移動することになったという。この年にブリュッセルで出会ったジャン=ミシェル・シャルリエに勧められてフランスに戻り、報道系の配給会社で働き始める。最初の仕事はユデルゾの絵の検討であり、長く続く協力関係の始まりとなった。1952年にはパリに移り、同社のパリ支社を率いて、ユデルゾとの最初の共同作品も作った。

のちに雑誌『ピロット』の共同創刊者・編集長として、『アステリックス』を世に出した。『ラッキー・ルーク』ではモリスと20年以上にわたって組み、黄金期を築いた。1967年にジルベルト・ポラーノ・ミロと結婚し、翌1968年に娘のアンが生まれ、のちに作家となった。1974年にスウェーデンで最優秀コミックストリップ作家の賞を受け、2005年には漫画家の殿堂に入った。2008年4月現在、作品は1,800点の翻訳版があり、世界で22番目に翻訳されている作家とされる。

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