伝記
アクセル・ヒューゴ・テオドル・テオレル、通称ヒューゴ・テオレルは、1903年7月6日、スウェーデンのリンシェーピングに生まれた。ツル・テオレルとアルミダ・ビルの息子として生まれた彼は、カテドラルスコーランの高校に通い、1921年5月23日に試験に合格した。同年9月からカロリンスカ研究所で医学を学び始め、1924年に医学の学士号を取得した。
医学を修めた後、テオレルは研究の場を国外にも広げた。パリのパスツール研究所で、アルベール・カルメットのもと、三か月にわたって微生物学を学んだ。その後、血液中の脂肪に関する理論を研究し、1930年に医学の博士号を取得した。この成果を経て、彼はカロリンスカ研究所の生化学教授となり、医学的な知識を基礎に、生体内で働く化学的な仕組みの解明へ進んでいった。
テオレルが生涯をかけて取り組んだのは酵素の研究である。とりわけ酸化酵素とその作用を研究し、その発見によって1955年度のノーベル生理学・医学賞を受賞した。この受賞は、彼個人の業績を示すだけでなく、かつて研究員として所属したカロリンスカ研究所にとっても重要だった。同研究所の研究員がノーベル賞を受賞するのは、テオレルが初めてだったとされる。
彼の研究は、肝臓でアルコールを分解するアルコール脱水素酵素の研究の先駆けとなった。酵素がどのように酸化反応に関わるのかを明らかにしようとした仕事は、アルコールの分解機構を理解する研究へつながる道を開いた可能性がある。こうしてテオレルの成果は、基礎生化学の一分野にとどまらず、人体内の物質代謝を考えるうえで重要な足場となった。
テオレルの研究はスウェーデン国内だけでなく世界中で賞賛され、フランス、ベルギー、ブラジル、アメリカ合衆国などで名誉学位を授与された。王立協会や米国科学アカデミーなど、各国の学術機関との関わりも記録されている。1982年8月15日に没するまで、酵素研究を軸に築いた成果は国際的に評価され続け、酸化酵素とアルコール脱水素酵素の研究史における先駆的な位置を後世に残した。
同じ年に亡くなった人物
- ヒュー・エヴェレット3世 (1982年没)
- セロニアス・モンク (1982年没)
- カール・ハイン (1982年没)
- バウルザン・モミシュリー (1982年没)
- 三宅精一 (1982年没)
同じ地域に関係する人物
- ロヴィーサ・ウルリカ・アヴ・プロイセン (1782年没)
- グスタフ・ド・ラバル (1913年没)
- ユハン・アンデショーン (1960年没)
- ソフィア・ヴァーサ (1611年没)
- ポーヴェル・ラメル (2007年没)