HISTORICAL PERSON · 紀元前700没

カリノス

前7世紀半ばにエフェソスで活動したギリシャの哀歌詩人。侵入するキンメリア人と戦うよう同胞に促す21行の断片が最も長く、戦意を鼓舞する詩の代表とされる。酒宴で披露されたとみられる。

生涯
紀元前700没
死亡地
—
出生地
大セルジューク朝(イズミル県 / エフェソス)
出典
世界地図
大セルジューク朝(イズミル県)

伝記

カリノスは、紀元前7世紀半ばに小アジアのエフェソスで活動した古代ギリシアのエレゲイア詩人である。生没年は伝わらず、活動期が紀元前7世紀半ばとされるのみである。エフェソスの都市と結びつけられているが、その点について確かなことはいえないともされる。生涯について知られる事柄はごく乏しく、残された詩の断片と、その時代の出来事から推し量るほかない。

彼が活躍したのは、キンメリア人が小アジアに侵入してから、リュディア王アリュアッテス(紀元前630〜560年)によって追い払われるまでの間であったと考えられている。同じころ、エフェソスの人々は隣のマグネシアの人々とも存亡をかけた戦いを続けていた。この二つの出来事が、彼の詩を読み解く鍵とされる。キンメリア人はアジアにあるギリシア人の植民市を脅かしており、カリノスは怠惰に流れていたイオニアの人々に、郷土を守る心を呼び覚まそうとしたのである。

彼の詩は、戦いを促す勧奨のエレゲイアに数えられる。この種の詩は、同時代のテュルタイオスが得意としたもので、アルキロコスやミムネルモスも手がけたらしい。これらの詩人はほぼ同じ時代の詩人で、古代の批評家の一部は、六脚詩と五脚詩を組み合わせたエレゲイア詩形の考案者としてカリノスを挙げた。こうした戦争詩は、ホメロスの『イリアス』の言葉づかいや主題をしばしば踏まえており、カリノスの詩もシンポシオン、つまり酒宴の席で披露されたとみられる。

作品は断片しか残っていない。三つの断片が伝わるとされ、最も長いものは約20行、一説には21行からなる。そこでは若者たちに向かって、いつまで横になっているのか、勇ましい心をいつ持つのかと問いかける。周囲の隣人に恥ずかしくないのか、平和のうちにいるつもりでも戦いは全土を覆っているのだ、と呼びかけるのである。郷土と子どもと正式な妻のために敵と戦うことは名誉であり、輝かしいことだと詩は歌う。死が訪れるのは運命の女神たちが糸を紡ぎ終えたときであり、各人は槍を掲げ、盾の下で勇敢な心を固めて、戦いが始まるやまっすぐに進めとも説く。

死を逃れることは定められておらず、たとえ不死なる祖先の血筋であっても同じだという。戦いを避けて帰った者が家で死の運命に追いつかれることも多く、そうした者は民衆に愛されず惜しまれもしないが、勇敢な男が倒れれば身分の低い者も高い者も嘆く。民全体が剛毅な男の死を惜しみ、生きているうちは半神にも値するとされ、人々は彼を目の前の塔のように見る。一人でありながら多数に値する働きをするからだと結ばれる。カリノスはこうした詩によって、ホメロスの『イリアス』でネストルが戦士を励ましたように、イオニアの戦士たちを励まし、異国の侵入者を祖国から追い出そうとしたとされる。「死すべき者は死へ向かって歩む」という一節も、その詩の言葉として知られる。

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