HISTORICAL PERSON · 1991年没

ドクター・スース

アメリカの絵本作家。『ホートン』『グリンチ』『ハットしてキャット』など60作以上を出版し、作品は世界で6億5000万部以上売れた。

生涯
1991年没
死亡地
アメリカ合衆国(カリフォルニア州 / ラホヤ)
出生地
アメリカ合衆国(スプリングフィールド)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(カリフォルニア州)

伝記

ドクター・スースは、本名セオドア・スース・ガイゼルといい、1904年3月2日、マサチューセッツ州スプリングフィールドに生まれたアメリカの絵本作家であり、画家、詩人である。ドイツ系の両親は、父セオドア=ロバートと母ヘンリエッタで、スースは母の旧姓にあたる。一家はルター派の信仰者で、父は酒屋を営んでいたが、禁酒法の影響で閉店に追い込まれた。ペンネームの「ドクター」は、動物園の飼育員だった父が、息子に獣医になってほしかったことにちなむという。高校時代は、美術を学びながら、サッカー部の部長を務めた。ダートマス大学に入学すると、サークルで、風刺画や一コマ漫画をいくつか手がけた。

卒業後は広告会社に入り、主に殺虫剤の会社のための広告やイラストを描いた。そのころ描いた奇妙な虫や生き物の絵は、のちの絵本のイラストにそのまま残っている。オックスフォード大学に留学中、最初の妻ヘレンと出会い、帰国後に結婚した。1937年に最初の絵本を出版して、絵本作家としてのキャリアを始め、以後計46作品を手がけた。幻想的で奇妙奇天烈なキャラクターのデザイン、奇抜な色使い、アナパイストスの多用による独特な文章のリズムが、作品の大きな特徴として挙げられる。第二次世界大戦中は、ニューヨークの最もリベラルな新聞の漫画家として活動した。この時期には、日系アメリカ人を、出っ歯や眼鏡など東アジア人のステレオタイプで描いて、日系人への弾圧を煽る漫画も描いたと批判されている。

1957年に『キャット・イン・ザ・ハット』を発表した後、数人の絵本作家とともに、絵本のシリーズ「ビギナー・ブックス」を始めた。きっかけは、1954年に雑誌『ライフ』で読んだ、子供たちの識字率の低さは、学校の単語教育に面白みがないことと大きく関係している、という批評だった。学校の子供たちが英単語を明るく楽しく覚えられるよう工夫をこらし、全米でたちまち注目を集め、大成功を収めた。『ホートン』『グリンチ』『ロラックスおじさんの秘密の種』など、生涯に60作以上の本を出版した。作品は各国で翻訳され、全世界で6億5000万部以上を売り上げている。1980年に、児童文学の発展に大きく貢献したとして、ローラ・インガルス・ワイルダー賞を受賞した。1984年には、ピューリッツァー賞特別賞を受賞した。

妥協を許さない性格で、原稿に気に入らない箇所があれば、納得がいくまで改訂を繰り返した。そのため、一稿目と最終稿では、筋書きや絵が大きく異なる作品も少なくない。生前は、自分のキャラクターを営利目的に使うことに、あまり乗り気ではなかったが、テレビプロデューサーとして、自分の作品のアニメの制作に携わった。1991年9月24日、喉頭癌のため自宅で死去した。87歳だった。遺体は火葬され、遺灰は散骨された。

死後には、評価をめぐる議論も起きた。2019年の学術誌の論文は、50作品を検証して、有色人種のキャラクター45人のうち43人に、オリエンタリズム的な特徴があると指摘した。2021年3月2日、作品を管理する会社は、人種差別的な描写のある『おばけたまごのいりたまご』を含む6作品の絶版を発表した。会社は「これらの本は有害かつ誤った方法で人びとを描いている」と認めた。

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