伝記
ピーター・カッシングは、1913年5月26日、イギリスのサリー州ケンリーで、測量技師の子として生まれた俳優である。一度は父と同じ測量の仕事についたものの、とりわけ喜劇映画への憧れが強く、俳優を志して演劇活動に入った。1939年にアメリカに渡って映画に何本か出演したが、第二次世界大戦が始まって帰国した。1940年代は慰問劇団やシェイクスピアなどの舞台を中心に活動し、その演技をローレンス・オリヴィエに認められて『ハムレット』(1948年)などに出演した。1950年代半ばには草創期のイギリスのテレビドラマ界で随一の人気スターとなり、ジョージ・オーウェルの小説をドラマ化した『1984年』(1954年)のウィンストン・スミス役が代表作とされる。1956年にはテレビ賞の最優秀男優賞を受けた。
1950年代後半、イギリスのハマー・フィルム・プロダクションは、戦前にアメリカのユニバーサル映画が興した怪奇映画ブームの再興を図っていた。カッシングはその第1作『フランケンシュタインの逆襲』(1957年)でフランケンシュタイン男爵を、続く『吸血鬼ドラキュラ』(1958年)では吸血鬼ハンターのヴァン・ヘルシング博士を演じた。この2作は世界的なヒットとなり、共演のクリストファー・リー、監督のテレンス・フィッシャーとともに国際的な知名度を得た。2つの役は1970年代半ばまで当たり役として演じ続けることになる。狂気の科学者と正義の吸血鬼ハンターという悪と善の役を、クールで知的、高貴な雰囲気で演じ分け、ホラー映画俳優の第一人者となった。1964年からは後発のアミカス・プロダクションの看板スターも務め、1959年の『バスカヴィル家の犬』では、アメリカの雑誌に「生きて呼吸する過去最高のホームズ」と賞賛されたシャーロック・ホームズを演じた。
1970年代に入ると、過激なホラーに押されてハマー作品は低迷した。カッシングも60歳近くになり、1971年に妻ヘレンを亡くしてから体調を崩し、準主役や脇役に回ることが多くなった。それでも多くの映画に出演し、『地底王国』(1976年)ではコミカルで愛嬌のある老博士を演じるなど、役柄の幅を示した。1977年には『スター・ウォーズ』に帝国軍司令官ウィルハフ・ターキン役で出演した。当初はオビ=ワン・ケノービ役での打診だったといわれる。星を平然と破壊する冷酷な総督を風格たっぷりに演じたが、ターキンはこの作品で死亡するため、シリーズへの直接出演はこの1本のみである。
1980年代には体調の問題もあって出演作は減ったが、1982年の『魔人館』ではリー、ヴィンセント・プライス、ジョン・キャラダインとの怪奇スター共演を果たした。1986年のSFアドベンチャー『ビグルス 時空を超えた戦士』が最後の映画出演となり、1989年に大英帝国勲章OBEを受章した。1994年5月には、ハマー・フィルムをテーマにしたテレビドキュメンタリーの収録にリーとともに参加し、これが最後の共演になった。同年8月11日、ガンのため81歳で亡くなった。
素顔は誰もがその人格を讃える温厚で高潔な紳士として知られ、共演者のキャリー・フィッシャーは、彼を憎む演技に苦労したという。小道具にも時代背景に合ったものを求めて自らリストを作って要求したため、撮影現場では「プロップ・カッシング」と呼ばれた。リーとは22本の映画で共演し、私生活でも無二の親友だった。没後の2016年公開の『ローグ・ワン』では、モーションキャプチャとコンピュータグラフィックスでその顔が合成され、ターキンが再び登場した。
同じ年に亡くなった人物
- ポール・デルヴォー (1994年没)
- カート・コバーン (1994年没)
- ジョン・キャンディ (1994年没)
- ニコラス・ジョージェスク=レーゲン (1994年没)
- フアン・アロンソ (スペインのサッカー選手) (1994年没)
同じ地域に関係する人物
- ウィリアム・ハートネル (1975年没)
- オーガスタス・ウェルビー・ノースモア・ピュージン (1852年没)
- ウィリアム・ベレスフォード (1854年没)
- アルフレッド・ミルナー (1925年没)
- ソフィア・オブ・グロスター (1844年没)