伝記
ロジャー・ゼラズニイは、1937年5月13日にオハイオ州ユークリッドで生まれたアメリカ合衆国の小説家で、SFとファンタジーの両方を手がけた。ポーランド移民の父とアイルランド系アメリカ人の母の一人息子で、両親にカトリック教徒として育てられたが、自らを「堕落したカトリック教徒」と称し、その姿勢は死ぬまで変わらなかったという。高校では校内新聞の編集長を務め、1953年にはファンジンに初めて作品が掲載された。1954年には商業誌にファンタジーの短編が売れている。1955年にウェスタン・リザーブ大学に入学して心理学科を経て英文学科を1959年に卒業し、同年にコロンビア大学に学士入学して、1962年にエリザベス朝およびジェームズ朝演劇で比較英文学の修士号を取得した。大学時代にフェンシングのエペを習ったのをきっかけに、生涯にわたって様々な格闘技を習得し、合気道では黒帯を取得したという。
1962年から1969年まで、クリーブランドの社会保障局に勤め、のちにボルチモアに転勤し、帰宅してからSFを書く生活を送った。1962年に短編「受難劇」が『アメージング・ストーリーズ』誌に、「騎士が来た!」が『ファンタスティック』誌に掲載されて作家デビューを果たした。翌1963年に発表した「伝道の書に捧げる薔薇」はヒューゴー賞の候補となって脚光を浴びた。ショートショートから徐々に長い作品を書くようになり、1966年に最初の長編『わが名はコンラッド』を出版した。1969年5月1日に仕事を辞めて専業作家となった。このころはボルチモアのSF協会の主要な会員でもあった。父は1962年、息子が作家として成功することを知らないまま突然亡くなっており、作品に「父親の不在」というテーマが見られるともいわれる。
神話をモチーフにした華麗な文体とアクションが人気を呼び、1960年代にはサミュエル・R・ディレイニーやハーラン・エリスンらとともにアメリカン・ニュー・ウェーブとも呼ばれた。『わが名はコンラッド』はギリシア神話、1967年の『光の王』はインド神話、『アイ・オブ・キャット』はナバホ神話、『虚ろなる十月の夜に』はクトゥルフ神話を借りた作品である。《真世界アンバー》シリーズには、北欧神話、日本神話、アイルランド神話、アーサー王伝説なども登場する。見かけ上は普通の世界にもっともらしい魔法の体系や超自然的な存在が現れることが多く、きびきびとした必要最小限の会話は、ハードボイルドの影響とされることもある。長編の『わが名はコンラッド』と『光の王』でヒューゴー賞を受け、ネビュラ賞を3度、ヒューゴー賞を6度受賞した。1970年代以降は、ファンタジーとSFを融合させた作品を多く書き、ジョージ・R・R・マーティンらの競作形式のシェアード・ワールドSF小説にも参加した。
『砂のなかの扉』ではフラッシュバックの技法を用い、『ロードマークス』では章題を「一」と「二」に分けて章を混ぜるなど、実験的な作品も書いた。1980年代にはタバコとパイプの愛好をやめ、本人が禁煙すると作中の喫煙シーンも見られなくなったという。1995年6月14日、直腸癌から腎不全を起こし、58歳で死去した。亡くなるころは別居状態にあり、女流作家と暮らしていた。貝虫亜綱の一種が、彼にちなんで命名されている。
同じ年に亡くなった人物
- ジル・ドゥルーズ (1995年没)
- 渡辺正 (1995年没)
- ジョゼフ・ニーダム (1995年没)
- ロージャ・ミクローシュ (1995年没)
- 尹伊桑 (1995年没)
同じ地域に関係する人物
- マンガス・コロラダス (1863年没)
- John Davis (1984年没)
- エステバニコ (1539年没)
- アグネス・マーティン (2004年没)
- マレー・ゲルマン (2019年没)