伝記
マルグリット・デュラスは、1914年4月4日、フランス領インドシナ(現在のベトナム)のサイゴンに生まれた小説家・脚本家・映画監督である。ヌーヴォー・ロマンの作家の一人に数えられることもあるが、経歴の点でも作風の点でもその枠には収まらないとされる。筆名のデュラスは、父の出身地の地名に由来する。
法律を学ぶため、1932年にフランスへ帰国してパリ南部近郊のヴァンヴに住み、パリ大学で法律と数学を専攻して、政治学の免状を取った。1939年にロベール・アンテルムと結婚したが、1942年に初めての子を出産後に失っている。1943年に処女作『あつかましき人々』を発表し、この前後にディオニス・マスコロと知り合った。ミッテランのもとでレジスタンス運動に加わったともされる。1944年には弟がインドシナで亡くなり、アンテルムは強制収容所に送られた。この年に共産党へ入党した彼女は、1946年にアンテルムと離婚し、翌1947年にマスコロとの息子ジャンを産んだ。
1950年の『太平洋の防波堤』は、現地で教師をしていたが早くに夫を亡くした母が、役人にだまされて海水に浸かってしまう土地を買わされ、一家が貧困に陥るという自伝的な小説で、ゴンクール賞をわずかの差で逃した。1958年に『モデラート・カンタービレ』を発表し、1959年には、アラン・レネ監督の映画『二十四時間の情事』(原題はヒロシマ・モナムール)の脚本を書いた。1961年にはアンリ・コルピ監督の映画『かくも長き不在』の脚本を担当し、この作品はカンヌ映画祭の最高賞を受けた。1964年に『ロル・V・シュタインの歓喜』を発表し、1965年の『ラホールの副領事』などの作品を重ね、1966年には『ラ・ミュジカ』で初めて映画監督を務めた。1968年の五月革命に加わり、1971年には堕胎処罰法の廃止を求める「343人のアピール」に署名している。1969年の『破壊しに、と彼女は言う』では、それまで題名に添えられていた「ロマン」という呼称が消えた。この作品の文庫版の訳者あとがきには、彼女が「もうロマンは読めなくなっている。バルザックやプルーストのようには書けない」と語ったことが紹介されている。
1980年、トゥルーヴィルの海辺の集合住宅に住むようになり、その夏、38歳年下の青年ヤン・アンドレアと知り合って恋人関係になった。1982年にはアルコール中毒で入院した。1984年に発表した『愛人 ラマン』は、インドシナで過ごした日々を描く自伝的な小説で、ゴンクール賞を受け、世界的なベストセラーとなった。1992年にはフランスとイギリスの合作で映画化され、原作同様にヨーロッパでヒットした。姉妹編のような『北の愛人』(1991年)は、かつての愛人だった中国人青年の死を聞いて書き始めたと伝わる。1985年には『苦悩』、1993年には『エクリール』と、晩年まで作品を発表し続けた。1990年の『夏の雨』や1992年の『ヤン・アンドレア・シュタイナー』もその一つである。
1996年3月3日、パリの自宅で死去し、遺稿として『これでおしまい』が出た。2017年には『苦悩』を原作とする映画『あなたはまだ帰ってこない』が公開された。
同じ年に亡くなった人物
- Beverley Whitfield (1996年没)
- ホセ・マヌエル・フエンテ (1996年没)
- ヤヒヤ・アヤシュ (1996年没)
- Danilo Alvim (1996年没)
- ジェズアルド・ブファリーノ (1996年没)
同じ地域に関係する人物
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- アレクシス・クレロー (1765年没)
- シャルル・ヴィルドラック (1971年没)
- ネリー・アダムソン・ランドリー (2010年没)