伝記
デボラ・カーは、1921年9月30日に生まれ、2007年10月16日に没したスコットランド出身のイギリスの女優である。本名はデボラ・ジェーン・カー=トリマーといい、エレガントな気品で知られ、「英国の薔薇」と呼ばれた。1950年代を代表するハリウッドの女優の1人とされる。
スコットランドのグラスゴーのヒルヘッドで、1人娘として生まれた。父アーサー・チャールズ・カー・トリマー大尉は、第一次世界大戦のソンムの戦いで片脚を失った元飛行士で、のちに造船技師、土木技師になった。母はキャスリーン・ローズ(旧姓スメイル)である。最初の3年は、西海岸のヘレンズバラで、祖父母と暮らす家で過ごした。弟のエドマンドは、のちにジャーナリストとなった。ブリストルの学校などで学び、初めはバレエを習った。1937年にウェストン=スーパー=メアの舞台に立ち、翌1938年にサドラーズ・ウェルズ・バレエ団でバレエの舞台に出た。しかし身長が高かったため女優に転じた。ブリストルの演劇学校で教えていた叔母のフィリス・スメイルが、最初の演技の教師だった。芸名のカーは、祖父アーサーの祖母の姓から取ったもので、発音を誤られないよう、MGMのルイス・B・メイヤーは「カーはスターと韻を踏む」と紹介した。ロンドンの野外劇場でシェイクスピア劇の端役を演じ、1940年にオックスフォード・プレイハウスの一座に加わった。
1940年、イギリス映画『密輸』で映画に出たが、場面は切られた。1941年の『バーバラ少佐』で重要な脇役を演じ、同年の主演作で注目された。1942年には、ロバート・ニュートンやジェームズ・メイソンと共演した映画が大成功を収め、アメリカの映画誌は、アメリカ人に最も人気のあるイギリスの女優だと伝えた。1943年にはマイケル・パウエルとエメリック・プレスバーガーの『老兵は死なず』で3人の女性を演じた。1947年の同じ監督たちの『黒水仙』で注目され、ハリウッドに招かれた。1953年の『地上より永遠に』では、バート・ランカスターとのキス・シーンが話題になった。
アカデミー主演女優賞には、『地上より永遠に』『王様と私』『白い砂』『旅路』『サンダウナーズ』などで計6度ノミネートされたが受賞できず、「オスカーの偉大な敗者」と呼ばれた。『王様と私』ではゴールデングローブ賞の主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門)を受け、ニューヨーク映画批評家協会賞の主演女優賞も、1947年、1957年、1960年に受賞している。1985年には、NHKの『ルーブル美術館』の番組にナビゲーターとして出演した。1994年に第66回アカデミー賞の名誉賞を受賞し、授賞では「非の打ちどころのない気品と美しさを備えた芸術家」と称えられた。それ以前に、カンヌ国際映画祭と英国映画テレビ芸術アカデミーの名誉賞も受けている。1959年にはゴールデングローブ賞のヘンリエッタ賞を受けた。1998年には英国女王から大英帝国勲章のコマンダーを受けた。パーキンソン病を長く患ってスイスで暮らしたが、病状が悪化し、家族のいるイギリスのサフォークで死去した。86歳だった。
同じ年に亡くなった人物
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