伝記
アーサー・キットは、1927年1月17日に生まれ、2008年12月25日に亡くなったアメリカ合衆国の歌手、女優、キャバレー・スターである。出生名はアーサー・メイ・キースで、「アーサ・キット」と表記されることもある。極めて個性的な歌い方と、1953年のヒット曲「セ・シ・ボン」、長く愛されるクリスマスのヒット曲「サンタ・ベイビー」で知られる。オーソン・ウェルズは、彼女を「世界一エキサイティングな女性」と呼んだ。
サウスカロライナ州コロンビア近郊の小村ノースの綿花プランテーションに生まれた。母はチェロキーとアフリカ系アメリカ人の血を引き、父はドイツ系かオランダ系の人物だったとされる。強姦によって生まれた子どもだったという。アンナ・メイ・ライリーという女性に育てられ、この養母を実の母だと信じ込んでいた。8歳のとき、養母が同棲を始めた男性が、アーサーの肌の色が比較的白いことを嫌って養女にすることを拒んだため、ほかの家族に引き取られ、ライリーが亡くなるまでその家で育てられた。その後、ニューヨーク市のマミー・キットのもとに送られて、一緒に暮らし、この女性が実の母だと知った。父については、姓がキットだったことしか知らなかった。
キャリアは、1943年のキャサリン・ダナム舞踊団への参加から始まり、1948年までそこに所属した。特徴のある声をもった才能豊かな歌手として、数々のヒット曲を出した。ヨーロッパで公演を重ねた数年間でフランス語に堪能になり、英語の公演にもいつも軽くフランス語の感覚が盛り込まれていた。1950年には、オーソン・ウェルズが舞台『フォースタス博士』のトロイのヘレン役に抜擢し、初めて主要な役を演じた。レビュー『ニュー・フェイセズ・オブ・1952』に出演して、「モノトナス」などを歌い、1954年にこのレビューが映画化された際にも、3曲を歌った。1955年には、日本の童謡「証城寺の狸囃子」を、ところどころ日本語を残した英語の歌詞で録音している。1960年代後半には、テレビ・シリーズ『バットマン』の第3シーズンで、ジュリー・ニューマーに代わってキャットウーマンを演じた。
1968年、リンドン・B・ジョンソン大統領の政権下で、ホワイトハウスの昼食会に招かれた。大統領夫人レディ・バード・ジョンソンにベトナム戦争について尋ねられ、国で最高の人たちを撃たれるために送っているのだから、子どもたちが反抗するのも不思議ではないと答えた。夫人は涙を流したといわれ、この発言で順調だったキャリアは大きく狂い、多くの仕事を失った。世間の評価は極端な賛否に分かれ、アメリカから排斥されたキットは、ヨーロッパやアジアに活動の場を求めた。
1978年にはブロードウェイのミュージカル『ティンブクトゥ』で、ニューヨークに凱旋した。生涯に3冊の自伝を出した。1984年にはディスコ曲のヒットで音楽チャートに返り咲き、初めてゴールド・ディスクの認定を受けた。この曲は全英シングルチャートで最高36位となった。新しい世代の男性のゲイのファンも獲得し、エイズ患者を支援する組織のために、数多くの慈善公演を行った。2000年にはディズニーのアニメ映画『ラマになった王様』でイズマの声を担当し、アニー賞を受賞した。続編やテレビ・アニメでも同じ役を担当し、2007年から2008年には、エミー賞を2つ、アニー賞をさらに2つ受けた。晩年まで、ニューヨークのキャバレーに毎年出演し続けた。
同じ年に亡くなった人物
- ヤクプ・サターシ (2008年没)
- ノーマン・スミス (2008年没)
- トーマス・ハックル・ウェーラー (2008年没)
- ジョアン・セガーラ (2008年没)
- フレデリック・ザイツ (2008年没)
同じ地域に関係する人物
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- ケイ・ジョンソン (1975年没)
- モーゼス・ガン (1993年没)
- ナウム・ガボ (1977年没)
- トミー・ドーシー (1956年没)