HISTORICAL PERSON · 2009年没

ジョン・アップダイク

アメリカの作家・詩人。『ウサギ』4部作で知られ、『金持になったウサギ』でピューリッツァー賞や全米図書賞などを受賞した。

生涯
2009年没
死亡地
アメリカ合衆国(マサチューセッツ州 / ダンヴァーズ)
出生地
アメリカ合衆国(レディング)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(マサチューセッツ州)

伝記

ジョン・ホイヤー・アップダイクは、1932年3月18日に生まれたアメリカの作家・詩人である。ペンシルベニア州レディングで、リンダ・グレースとウェズリー・ラッセル・アップダイクの一人っ子として生まれ、近郊の小さな町シリングトンで育った。母は作家を志しており、机に向かう母の姿や、タイプライター、消しゴム、きれいな紙の箱、原稿を入れて送り出してはまた返ってくる茶封筒を、最も早い記憶のひとつとして後年語っている。バークス郡で過ごしたこの少年期は、のちの『ウサギ』連作や初期の長短編の舞台に影響を与えたとされる。

1950年にシリングトン高校を共同首席で卒業し、全額奨学金でハーヴァード大学に進んだ。学内誌『ハーヴァード・ランプーン』の多作な寄稿者として知られ、編集の長も務めた。1954年に英文学で最優等の成績で卒業すると、漫画家を志してオックスフォード大学のラスキン美術学校に学んだ。帰国後は一家でニューヨークに移り、1954年から詩や短編が載りはじめていた『ニューヨーカー』誌の常連寄稿者となった。専属ライターとして同誌にいたのは二年ほどで、「街の話題」欄を書くかたわら詩と短編を寄せ、そこから『大工の雌鶏』(1958年)や『同じ一つのドア』(1959年)に収められる作品が生まれた。同じ時期には信仰を失う精神的な危機に陥り、キルケゴールや神学者カール・バルトを読んだ。その影響は作品に深く刻まれ、以後もキリスト教を信じ続けたという。

その後は一家でマサチューセッツ州イプスウィッチに移った。『カップルズ』の舞台であるターボックスをこの町になぞらえる声があったが、本人は地元紙への手紙で否定している。代表作は、平凡な中産階級の男ハリー・「ウサギ」・アングストロームの青年期から死までを数十年にわたって追う連作で、『走れウサギ』『帰ってきたウサギ』『金持になったウサギ』『さようならウサギ』からなる。『金持になったウサギ』と『さようならウサギ』は、いずれもピューリッツァー賞を受けた。ピューリッツァー賞の小説部門を二度以上受けたのは、ブース・ターキントン、ウィリアム・フォークナー、コルソン・ホワイトヘッドと並ぶ四人だけである。

ほかにも『ケンタウロス』で全米図書賞を受け、『金持になったウサギ』では全米図書賞と全米批評家協会賞も得て、全米三大文学賞をすべて手にした。『さようならウサギ』では再び全米批評家協会賞を受け、初期短編集でペン/フォークナー賞、1966年と1991年にはオー・ヘンリー賞を受けている。二十作を超える長編と十数冊の短編集、詩、美術・文学批評、児童書を残し、平均すれば一年に一冊の多作ぶりだった。『ニューヨーカー』には数百の短編・書評・詩が載り、『ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス』にも定期的に寄稿した。息子のデヴィッド・アップダイクも作家である。題材は「アメリカの小さな町のプロテスタント中産階級」とされ、宗教、家族の責務、夫婦の不貞、性や官能的な細部への関心が目立つ。自らの文体を、ありふれたものにその美しい報いを与える試みだと述べている。2009年1月27日、マサチューセッツ州で肺癌のため76歳で死去した。

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