HISTORICAL PERSON · 2009年没

クライヴ・グレンジャー

ウェールズ出身の経済学者・統計学者。カリフォルニア大学サンディエゴ校の名誉教授を務め、2003年にノーベル経済学賞を受賞した。

生涯
2009年没
死亡地
アメリカ合衆国(カリフォルニア州 / ラホヤ)
出生地
イギリス連邦(スウォンジー)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(カリフォルニア州)

伝記

クライヴ・ウィリアム・ジョン・グレンジャーは、1934年9月4日にイギリス・ウェールズのスウォンジーで生まれた経済学者・統計学者である。翌1935年に両親とともにリンカンへ移り、第二次世界大戦中は、父が空軍に入って北アフリカへ派遣されたため、母とケンブリッジに移って祖母の家などに身を寄せながら初等学校に通った。小学校の教師が母に「この子は成功しないだろう」と告げたことを、後年に回想している。戦後は家族がノッティンガムに移り、中等学校で二人の教師から物理と応用数学への関心を励まされた。16歳で学校を終えて銀行か保険会社に勤めるつもりでいたが、友人たちの影響と父の支えにより、大学進学の準備となる課程に二年間通うことになった。

ノッティンガム大学では当初経済学と数学の共同学位に入ったが、二年目に数学専攻に切り替え、1955年に学士号を得た。そのまま大学に残って統計学の博士課程に進み、1956年、21歳で統計学のジュニア講師となった。博士論文の主題には、当時研究が乏しいと感じていた時系列解析を選び、1959年に「非定常性の検定」と題した論文で博士号を取得した。1959年から1960年にかけてはハークネス・フェローシップを得てプリンストン大学に留学し、オスカー・モルゲンシュテルンに招かれて計量経済学の研究計画に加わった。ここで畠中道雄とともにジョン・テューキーの助手を務め、経済データにフーリエ解析を用いる研究に携わった。1960年には結婚している。その成果は1964年に畠中との共著『経済時系列のスペクトル解析』として刊行され、1966年に載った論文「経済変数の典型的なスペクトル形状」とともに、新しい手法の普及に影響を与えた。

ノッティンガム大学では正教授となり、およそ22年を過ごした。1969年の論文で、のちにグレンジャー因果性と呼ばれる概念を示している。これは、ある変数Xの変化のあとに変数Yも変化するかを調べる考え方であり、通常の意味での因果関係を表すものではなく、あくまで予測のための概念だとされる。1968年にボックスとジェンキンスの時系列の著書の草稿を読んで予測に関心を持ち、博士研究員のポール・ニューボールドと共同研究を進めた。二人が1974年に発表した「見せかけの回帰」の論文は、互いにランダム・ウォークする系列どうしでも回帰係数が有意になりやすいことをシミュレーションで示し、従来の実証研究を見直させた。1977年の共著は時系列予測の標準的な参考書となった。

1974年にカリフォルニア大学サンディエゴ校へ移り、同僚のロバート・エングルと緊密に協力した。二人が1987年の論文で示したコインテグレーションの概念は、2003年のノーベル経済学賞の受賞理由となり、二人は共同で受賞した。同年に名誉教授として退職し、カンタベリー大学とメルボルン大学の招聘教授も務めた。晩年にはアマゾンの森林破壊の予測にも時系列の手法を用いた。1972年に計量経済学会のフェロー、2002年に英国学士院の通信会員となり、2005年にはナイトに叙せられ、同年ノッティンガム大学の経済学・地理学部の建物にその名が冠された。2009年5月27日、カリフォルニア州ラ・ホイヤで死去した。

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