HISTORICAL PERSON · 2009年没

J・G・バラード

上海生まれのイギリスのSF作家。少年期に日本軍の収容所に入れられた体験を、後に小説『太陽の帝国』にまとめた。

生涯
2009年没
死亡地
イギリス連邦(シティ・オブ・ウェストミンスター / ロンドン)
出生地
中華民国(上海共同租界)
出典
世界地図
イギリス連邦(シティ・オブ・ウェストミンスター)

伝記

J・G・バラード(ジェームズ・グレアム・バラード)は1930年11月15日、上海で生まれたイギリスの小説家、SF作家である。少年時代を上海の共同租界で過ごしたが、第二次世界大戦が始まると、一家は日本軍の捕虜収容所である龍華収容所に収容された。この体験は後に小説『太陽の帝国』にまとめられる。ただし小説では家族と離れて収容所で暮らしたことになっているものの、実際には家族と一緒に収容されていた。1946年に単身でイギリスへ帰還して祖父母の家に住み、話と本でしか知らなかった母国に、強いカルチャーショックを受けたと語っている。父母はしばらく上海に残り、国共内戦中の1949年に中国共産党軍の侵攻で裁判にかけられたが、逃れてイギリスに帰国した。

ケンブリッジ大学キングズ・カレッジで医学を学んだが、途中でロンドン大学クイーン・メアリー・カレッジに移って文学を専攻し、そこも中退した。広告代理店のコピーライターや百科事典の販売に就いたのち、イギリス空軍に入隊し、カナダの空軍基地で飛行訓練を受けた。ここでSFと出会ったという。除隊してイギリスに戻ると、コピーライターや雑誌編集者として働きながらSFの創作を始めた。入隊の一か月前に知り合ったメアリー・マシューズとは1955年9月に結婚している。

1956年、『サイエンス・ファンタジー』誌に載った「プリマ・ベラドンナ」でデビューした。この作品は後に短篇集『ヴァーミリオン・サンズ』に収められる。1960年代には雑誌『ニューワールズ』を中心に、「思弁小説」と呼ばれる新しいSFの形を呼びかけ、自らも多くの作品を発表して、ニュー・ウェーブSFの中心人物の一人となった。『沈んだ世界』『燃える世界』『結晶世界』は「破滅三部作」と呼ばれ、破滅していく美しい世界を描いた。『結晶世界』は日本で第1回星雲賞海外長編賞を受けている。1960年代後半には、自ら「濃縮小説」と名づけた断片・断章からなる短篇群を書き、『残虐行為展覧会』にまとめた。

1970年代には『クラッシュ』『コンクリート・アイランド』『ハイ-ライズ』の「テクノロジー三部作」で、科学技術の産物と人間の関係を追った。1964年には妻メアリーが、スペインでの休暇中に肺炎で若くして亡くなり、バラードはひとりで三人の子供を育てあげている。シュール・リアリズム絵画の愛好家でもあり、その作品では主人公の体験する世界が、独特の比喩を用いた文体でオブジェのように描かれるとされる。「最初の真のSF小説は、錆びた自転車の車輪を眺める記憶喪失の男の話になるはずだ」という有名な宣言も残した。1977年の自選短篇集では、代表作に短篇「時間が語りかけてくる」を挙げている。

1984年の『太陽の帝国』はジェイムズ・テイト・ブラック記念賞を受け、1987年にスティーヴン・スピルバーグ監督によって映画化された。続いて『女たちのやさしさ』などの自伝的作品も発表し、2008年には自伝『人生の奇跡』を刊行している。『クラッシュ』も1996年にデヴィッド・クローネンバーグ監督で映画化された。長い闘病の末、2009年4月19日の朝に亡くなったことが、エージェントから発表された。78歳だった。

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