伝記
トニー・カーティスは、本名をバーナード・シュウォーツといい、1925年6月3日にニューヨークで生まれたアメリカ合衆国の映画俳優である。ハンガリー系ユダヤ人の貧しい移民の長男で、3人兄弟の一番上であった。父エマニュエルは仕立屋で、一家は店の奥で暮らしていた。6歳になるまでハンガリー語しか話せなかったため、学校に入るのが遅れたという。母は後に統合失調症と診断された。8歳のとき、親が食べさせられず、弟のジュリアスとともに1か月間孤児院に預けられた。その4年後、ジュリアスはトラックにはねられて死んだ。彼は近所の不良の仲間に加わり、無断欠席や軽い盗みを重ねたが、11歳のとき、親切な隣人が、ボーイスカウトのキャンプに送ってくれたおかげで落ち着いた。16歳のとき、学校の芝居で初めて小さな役を演じた。
高校を出ずに海軍に入り、ケーリー・グラントやタイロン・パワーの出た映画に影響されて太平洋の潜水艦部隊に志願した。潜水母艦に乗り組み、第二次世界大戦が終わった1945年9月2日には、艦の信号橋から東京湾での日本の降伏を、約1マイル離れて目撃した。除隊後は復員兵援護法のもとでニューヨーク市立大学に通い、次いでニュー・スクールで、ドイツ人の演出家エルヴィン・ピスカートルに演技を学んだ。同期には、エレイン・ストリッチやハリー・ベラフォンテ、ウォルター・マッソーらがいた。まだ学生のうちに、著名な代理人ジョイス・セルズニックに見出された。
1948年にユニバーサル映画と契約し、バート・ランカスター主演の『裏切りの街角』の端役で俳優デビューした。台詞のないダンスの場面だったが、ユニバーサルにファンレターが殺到したという。翌年にはジェームズ・ステュアート主演の『ウィンチェスター銃'73』に兵士役で出演した。初主演は『盗賊王子』である。1950年代から甘い二枚目のスターとして人気を集め、1957年の『成功の甘き香り』でランカスターと共演して、ドラマの俳優としての評価を得た。翌1958年の『手錠のまゝの脱獄』で、アカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。本領を発揮したのはコメディで、1959年にケーリー・グラントと共演した『ペティコート作戦』と、ジャック・レモン、マリリン・モンローとの『お熱いのがお好き』が成功した。1960年にはカーク・ダグラスらと『スパルタカス』に出ている。
1960年以後は、人気も映画での地位も大きく落ちたが、1968年に実在の犯罪者を演じた『絞殺魔』が、最も重要な演技になった。テレビシリーズ『ダンディ2 華麗な冒険』では、ロジャー・ムーアと絶妙のコンビを見せた。1978年には、『がんばれ!ベアーズ大旋風』で来日し、若山富三郎らと共演した。出演した映画は100本を超える。ジャネット・リーとの間の次女は、女優ジェイミー・リー・カーティスである。晩年は画家としても評価が高かった。2008年には自伝を出し、2009年には、『お熱いのがお好き』で共演したモンローとの不倫を、著書で告白した。2010年9月29日、ネバダ州ラスベガスの自宅で心不全のため死去した。85歳であった。
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