伝記
マイケル・ガフは、1916年11月23日に、当時イギリス領だったマレー半島のクアラルンプールで、イギリス人の両親フランシス・アトキンスとフランシス・バークリー・ガフの間に生まれた俳優である。100本を超える映画に出演した性格俳優で、1989年の『バットマン』に始まる4本のシリーズで、執事のアルフレッドを演じたことで知られる。この4本すべてに出演したのは、彼とゴードン総監を演じたパット・ヒングルの二人だけである。
1947年の『情炎』で映画デビューし、その後、イギリスのテレビに多く出演した。1948年には『アンナ・カレーニナ』や『サラバンド』に、1951年にはアレクサンダー・マッケンドリック監督の『白服の男』にも出ている。1955年にはローレンス・オリヴィエの『リチャード三世』で第一の殺し屋を演じた。人気のSFテレビドラマ『ドクター・フー』では、悪役のセレスティアル・トイメーカーとして登場し、別のシリーズでも議員ヘディンを演じた。『ドクター・フー』で助手ポリーを演じた女優アンネ・ウィリスと結婚したが、のちに離婚している。小説『城塞』のテレビドラマではハリデー卿を、1986年の映画『愛と哀しみの果て』ではディラメア卿を演じた。
1958年の『吸血鬼ドラキュラ』でピーター・カッシング、クリストファー・リーと共演して以来、ハマー・プロの怪奇映画に多く出演した。この作品ではアーサー・ホルムウッドを演じた。1960年前後には『黒死館の恐怖』に、1962年にはテレンス・フィッシャー監督の『オペラの怪人』に出演するなど、1960年代から1970年代にかけて、ハマーの恐怖映画の顔となった。1969年にはケン・ラッセル監督の『恋する女たち』などにも出た。1978年の『ブラジルから来た少年』にも顔を見せている。ブロードウェイの舞台にも立った。1979年にはトニー賞を獲得し、1988年にも同賞にノミネートされた。
ティム・バートン監督は、幼いころからハマー社やAIP社の作品のファンで、そこに出ていたリーやヴィンセント・プライスなどを自分の映画に起用してきた。ガフもその一人で、『バットマン』(1989年)と『バットマン・リターンズ』(1992年)で執事アルフレッドとして起用された。バートンが降板した後も、『バットマン・フォーエヴァー』(1995年)と『バットマン&ロビン』(1997年)に同じ役で出演した。主演のマイケル・キートンは、彼のことを、優しくて魅力的な人だったと語った。バートン作品にはその後も、『スリーピー・ホロウ』(1999年)や『コープスブライド』(2005年)、『アリス・イン・ワンダーランド』(2010年)の声の出演がある。映画シリーズが一度終わったあとの2001年にも、車の通信システム会社のコマーシャルで、バットマンに車の異常を知らせるアルフレッドとして出演した。
2011年3月17日、短い膵臓がんとの闘病のあと、ロンドンで没した。遺体は火葬され、追悼の式が営まれて、遺灰は海にまかれた。4番目の妻ヘンリエッタ、娘エマ、息子のサイモンとジャスパーが残された。キートンは、ガフに宛てて、わが執事、腹心、友、わがアルフレッドと記した。
同じ年に亡くなった人物
- アンパロ・ムニョス (2011年没)
- シェル・ヨハンソン (卓球選手) (2011年没)
- クリストファー・ヒッチェンズ (2011年没)
- ローレンス・イーグルバーガー (2011年没)
- アン・フランシス (2011年没)
同じ地域に関係する人物
- キュネウルフ (ウェセックス王) (786年没)
- E・R・エディスン (1945年没)
- ロバート・セシル (初代ソールズベリー伯) (1613年没)
- Sir Richard Hoare, 2nd Baronet (1838年没)
- ヘンリー・スタッフォード (第2代バッキンガム公爵) (1483年没)