伝記
デイヴ・ブルーベック、本名デイヴィッド・ウォーレン・ブルーベックは、1920年12月6日にカリフォルニア州コンコードで生まれたピアニストである。ウェストコースト・ジャズの代表的なピアニストとされる。幼いころ、母親からクラシックの教育を受けた。のちには、作曲家ダリウス・ミヨーに師事していた時期もある。その音楽は、4分の5拍子など独特の拍子を取り入れた作品が特徴である。
1940年代後半に、カル・ジェイダーらとトリオを組み、1946年から1950年にかけてはオクテットでも録音した。1951年には、サックス奏者のポール・デスモンドと『ブルーベック/デスモンド』を録音した。デスモンドは長年にわたる音楽上のパートナーとなり、ブルーベックのカルテットの要となった。1953年の『ジャズ・アット・オバーリン』や『ジャズ・アット・ザ・カレッジ・オブ・パシフィック』、1954年にコロンビアから出した『ジャズ・ゴーズ・トゥ・カレッジ』など、大学での演奏を収めたライヴ盤を重ねた。
1959年のアルバム『タイム・アウト』は、アメリカレコード協会からプラチナ認定を受けた。この盤に収められたデスモンド作曲の「テイク・ファイヴ」が代表曲であり、ジャズのスタンダードとして広く知られている。続けて『タイム・ファーザー・アウト』(1961年)、『タイム・チェンジズ』(1963年)など、拍子の実験を重ねた。世界を旅した印象を作品にすることにも熱心で、『ユーラシアの印象』(1958年)、『日本の印象』(1964年)、『ニューヨークの印象』(1964年)を発表した。『ボサ・ノヴァU.S.A.』(1962年)、『デイヴ・ディグズ・ディズニー』(1957年)のほか、『ブランデンブルク・ゲイト』(1961年)も録音した。1963年にはカーネギー・ホールでのライヴ盤も出している。
1968年に『荒野の光』、1969年ごろに『正義の門』を録音し、1972年の『真実の崩壊』は、ケント州立大学での銃撃事件を追悼するカンタータだった。1980年には、改訂されたローマ典礼に基づくミサ曲『ホープ!』も録音された。1976年にはデスモンドと『25周年再会』を録音した。1980年代には『ペーパー・ムーン』(1982年)、『ブルー・ロンド』(1986年)、『モスクワの夜』(1987年)を、1991年には『スヌーピーの月旅行』を発表している。1984年にはマリアン・マクパートランドのピアノ・ジャズ番組にも客演した。晩年まで演奏と録音を続け、2012年12月5日、誕生日の前日に、コネチカット州ノーウォークの病院で亡くなった。小惑星(5079)ブルーベックは、彼にちなんで命名された。
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