伝記
ロナルド・リー・アーメイは、1944年3月24日にカンザス州エンポリアで生まれたアメリカ海兵隊の軍人、俳優である。通称は「ガニー」で、一等軍曹の略称にちなむ。父と同じロナルドが正式な名で、愛称はロニーだったが、人気漫画に出る女の子と同じ愛称なのを嫌い、頭文字のRだけを名乗るようになった。毎朝、通学の途中に祖父の散弾銃で狩りをしていたという。14歳のとき一家はワシントン州に移った。
10代のころは札付きの不良で、1961年の2度目の少年審判で、軍に入るか刑務所に入るかを選ぶよう迫られ、17歳で海兵隊に入った。本当は父と同じ海軍を希望していたが、海兵隊のポスターを見て制服が格好いいと思い、そちらを選んだという。のちに、海兵隊が自分の型破りな生き方に急ブレーキをかけたと振り返っている。軍人上がりの父の軍隊式のしつけは、実際の軍の訓練より厳しかったため、新兵訓練は苦にならなかったという。1965年から1967年までの2年間はサンディエゴの新兵訓練所で教練指導官を務めた。1968年には第17海兵航空支援群に配属されてベトナム戦争に従軍し、普天間飛行場でも2度ほど勤務した。この間に何度も負傷し、1972年に二等軍曹で名誉除隊した。ただ、負傷は戦闘によるものではないとして、パープルハート章は授与されなかった。
退役後も戦闘体験の悪夢に悩まされ、心的外傷後ストレス障害とみられる症状と闘った。沖縄に4年ほど滞在してパブをいくつか経営したのち、売却してフィリピンに移った。復員軍人向けの奨学金を得て、マニラの大学で犯罪学と演劇を学んでいたときに映画の仕事を得た。最初の出演は1978年の戦争映画で、海兵隊の教練指導官役である。『地獄の黙示録』では、ヘリコプターのパイロット役で出るとともに、フランシス・コッポラ監督の技術顧問も務めた。
転機は1987年、スタンリー・キューブリック監督の『フルメタル・ジャケット』で、教練指導官ハートマン軍曹を演じたことである。当初は技術顧問として参加していたが、演技指導で見せた罵倒の迫力に感心した監督が、役そのものを与えた。台詞の一部は自分で書き、一部の演技は即興だった。キューブリックは彼を、これまで仕事をした中で最高の俳優の一人で、1場面を撮るのに2、3回で足りたと評している。この映画をきっかけに二人は友人になった。演技は批評家に激賞され、ゴールデングローブ賞の助演男優賞候補にもなった。
本人の話では、キューブリックは亡くなる直前の会話で、自身の遺作を駄作だと打ち明けたという。その後も約60本の映画に出演し、アニメやゲームの声優、テレビ番組の司会としても活躍した。『トイ・ストーリー』の軍曹の声でも親しまれた。ヒストリーチャンネルの番組では視聴者の質問に答える司会を務め、オーストリアの銃器メーカーの公式スポークスマンでもあった。2002年5月、海兵隊総司令官から一等軍曹への名誉昇進を受けた。退役者の昇進は海兵隊史上初めてで、名実ともにガニー軍曹となった。2018年4月15日、肺炎の合併症により74歳で死去し、棺は海兵隊員に運ばれてアーリントン国立墓地に埋葬された。
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