伝記
ベルナルド・ベルトルッチは、1941年3月16日、イタリア北部のパルマに近いカサローラに生まれた映画監督である。日本語では慣用的に「ベルトリッチ」と書かれることもある。父は詩人で美術史を教えたアッティリオ、母は文学の教師だった。弟のジュゼッペも詩人で映画監督であり、いとこのジョヴァンニは製作者である。パルマ郊外の農村で、農家の子どもたちと遊びながら育った。詩は学校に入る前から日常にあり、父の影響で15歳から詩や小説を書き、いくつかの文学賞を受けた。同じ1956年に、アマチュアの無声短編を撮って、監督としての最初の一歩を踏み出した。
ローマ大学在学中の1961年に、ピエル・パオロ・パゾリーニの監督デビュー作『アッカトーネ』の助監督を務めた。1962年に大学を中退し、パゾリーニの原案をもとに長編『殺し』を発表して映画監督としてデビューした。1964年の二作目『革命前夜』は、共産主義者であると公言する22歳の青年を主人公にした、自伝的な作品といわれ、カンヌ国際映画祭の批評家週間に出品されて、新評論家賞を受けた。1968年に『パートナー』を撮ったが、批評家の評価は低かった。1970年にイタリアにおけるファシズムの台頭と崩壊を描いた『暗殺の森』を発表し、全米映画批評家協会賞の監督賞を受け、アカデミー脚色賞の候補になった。撮影監督ヴィットリオ・ストラーロと組んで、光と影の描写を磨いた。1972年にはマーロン・ブランドとマリア・シュナイダーを起用して『ラストタンゴ・イン・パリ』を製作し、ポルノか芸術かという論争を呼んだが、アカデミー賞の監督賞にノミネートされた。同じ1970年の『暗殺のオペラ』は、ボルヘスの短編を翻案した難解な作品であった。1976年の『1900年』は、ロバート・デ・ニーロとジェラール・ドパルデューを起用した、5時間16分の大作で、20世紀前半のイタリア現代史を総括した。
1987年、清朝最後の皇帝溥儀の生涯を描いた『ラストエンペラー』を発表し、第60回アカデミー賞で作品賞、監督賞など多数の賞を受けた。イタリアの監督として初めて監督賞を獲得した。その後の『シェルタリング・スカイ』(1990年)、『リトル・ブッダ』(1993年)とともに、「東洋三部作」として知られる。1996年の『魅せられて』はトスカーナで撮影され、1998年の『シャンドライの恋』も発表した。1979年の『ルナ』や、1981年の『ある愚か者の悲劇』では、主演のウーゴ・トニャッツィがカンヌ映画祭の男優賞を受けた。『ドリーマーズ』(2003年)は1968年の五月革命の時代を背景にしている。ほかに、ヴェネツィア映画祭の金獅子賞を2007年に受けた。『ドリーマーズ』以降は、長く闘病生活を送ったが、2011年に第64回カンヌ国際映画祭で名誉パルム・ドールを受賞し、2012年に『孤独な天使たち』で9年ぶりに復帰した。2013年には第70回ヴェネツィア国際映画祭で、自身2度目の審査員長を務めた。2018年11月26日、癌のためローマの自宅で77歳で亡くなった。第91回アカデミー賞の追悼コーナーでも悼まれた。
同じ年に亡くなった人物
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