HISTORICAL PERSON · 2020年没

エドワード・ヴァン・ヘイレン

オランダ系アメリカ人のロックギタリスト。ハードロックバンド、ヴァン・ヘイレンのギタリストで、ドラマーのアレックスは実兄。2011年の雑誌の偉大なギタリスト選では第8位だった。

生涯
2020年没
死亡地
アメリカ合衆国(カリフォルニア州 / サンタモニカ)
出生地
オランダ(アムステルダム)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(カリフォルニア州)

伝記

エドワード・ローデウェイク・ヴァン・ヘイレンは、1955年1月26日に生まれ、2020年10月6日に没したオランダ系アメリカ人のロック・ギタリスト、作曲家である。ハードロックバンド、ヴァン・ヘイレンのギタリストとして知られ、ドラマーのアレックスは実兄、音楽家の道を歩む息子ウルフギャングがいる。資料の表記にならい、以下ではエディと呼ぶ。

エディはオランダのナイメーヘンに生まれた。父ヤンはオランダ人、母ユージーニアはインドネシア系で、混血を理由とする虐待を受けたため、一家は1962年にカリフォルニア州のパサデナへ移住した。しかし言葉の問題から、移住先でも差別を受けたという。父がクラリネット奏者だったこともあり、兄弟は幼い頃からピアノやヴァイオリンを演奏していた。アメリカ移住後、テレビで観た映画『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』に影響され、弟のエディがドラム、兄のアレックスがギターを始めた。ところがほどなく兄のドラムの方が上達したため、互いに楽器を交換した。エディ自身は、兄がドラムを続けるというので仕方なくギターをやることにしたと語っている。その後、兄弟でバンドを結成し、いくつかの変遷を経て自分たちの名を冠したヴァン・ヘイレンを結成し、大成功を収めた。

エディの名を高めたのは、右手の指でハンマリングやプリングを行うライトハンド奏法である。日本での呼び名で、米国ではタッピングと呼ばれ、現在はタッピングの呼称が一般的になっている。デビュー前からこの奏法を駆使した独特の音を広め、後世のギタリストに多大な影響を与えた。レッド・ツェッペリンの「ハートブレイカー」で、右手の人差し指を左手の6本目の指のように使うことから着想を得たと本人は語っている。最も影響を受けたギタリストには、クリーム在籍時のエリック・クラプトンを挙げた。ギターのほかヴァイオリンやピアノも弾き、作曲はピアノで行っていたという。ローリング・ストーン誌の「歴史上最も偉大な100人のギタリスト」では、2003年に第70位、2011年の改訂版では第8位となった。

機材にも独自の工夫があった。デビュー当時は、買い求めたストラトキャスター型のボディとネックに、ピックアップやトレモロ・ユニットを取り付けて自ら塗装・組み立てをしたギター「フランケンシュタイン」を使った。のちに息子の名を冠した「ウルフギャング」というギターも作り、2004年以降はフェンダー傘下のシャーベルと契約し、フェンダーとともに設立したEVHギターズの製品を使った。マイケル・ジャクソンの「ビート・イット」のギター・ソロは、ノーギャラで参加したアドリブだったという。

私生活では、1981年に女優のヴァレリー・バーティネリと結婚し、2007年2月に離婚した。2000年には舌がんを発症してバンド活動を中断した。本人は、20年以上、金属製のギターピックを口にくわえて演奏したことが原因と語っていた。2006年春にはメンバー間の不仲でバンドは解散状態に陥り、2007年3月にはリハビリ施設に入ったことを発表したが、同年9月にはツアーを開始した。亡くなる5年前から喉頭がんの放射線治療のためアメリカとドイツを往復していたが、2019年11月頃から状態が悪化した。肺がんも見つかって転移し、2020年以降は入退院を繰り返した末、10月6日に65歳で死去した。

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