伝記
メリッソスは、紀元前5世紀に活躍した古代ギリシアの哲学者で、しばしばサモスのメリッソスと呼ばれる。エレア派の三人目で最後の一人とされ、同派にはゼノンとパルメニデスがいた。イタイゲネスの子でサモス島の出身と伝わる。生年は紀元前470年ごろとも500年ごろともいわれ、没年は分かっていない。
その生涯について残る情報は少なく、知られていることの多くは、プルタルコスの『ペリクレス伝』の短い一節から得られたものである。メリッソスはサモス戦争でサモスの艦隊を指揮し、紀元前440年にペリクレスの率いるアテナイ艦隊を破ったという。プルタルコスは、アリストテレスがそれ以前の戦いでもメリッソスがペリクレスに勝ったと述べていると記している。またプルタルコスは『テミストクレス伝』で、メリッソスがテミストクレスに高く評価されていたというステシンブロトスの主張を退け、テミストクレスとペリクレスを取り違えたものだとしている。メリッソスはパルメニデスの弟子で、レウキッポスの師であったともいわれるが、こうした言い伝えにはかなり慎重であるべきだとされる。
哲学の面では、エレア派の主張を体系的な論証で支える著作を残した。のちに『自然について』と題されたこの論文の大部分は、シンプリキオスがアリストテレスの『自然学』『天について』への注釈の中で保存したもので、哲学の要約もいくつか伝わる。パルメニデスが詩の形で書いたのに対し、メリッソスは散文で著した。
その思想は、パルメニデスの教えを受け継ぐものである。ただ「有るもの」のみが有り、有らぬものは有らない。「有るもの」は生成も消滅もせず、唯一であり、分割できず、変化せず、動かない。そしてそれだけが思惟の対象であり、そこを認識することのなかに真理があるとする。メリッソスはこの考えをさらに徹底し、パルメニデスの唱えた「有るもの」は、空間的にも無限であると主張した。
両者の違いは二点にまとめられる。パルメニデスは「有るもの」が限りあるものだと述べたが、メリッソスは完全に無限だとした。また、パルメニデスにとって「有るもの」は時間を超えた現在にあったが、メリッソスにとっては永遠であった。生じたものには始まりがあるはずだが、「有るもの」は生じたのではないから始まりがなく、始まりのないものは終わりもない。こうして過去にも未来にも永遠に存在すると論じたのである。この論証には、生じたものはいつか終わるという疑わしい前提があるなどの問題点が指摘されている。
同じ年に亡くなった人物
- ルキウス・クィンクティウス・キンキナトゥス (紀元前 430年(推定))
- ゼノン (エレア派) (紀元前430年代没)
- プロタゴラス (紀元前430年代没)
- ペイディアス (紀元前430年代没)
- エンペドクレス (紀元前430年代没)
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