HISTORICAL PERSON · 1080年代没

ブロット=スヴェン

キリスト教への改宗を拒んだスウェーデン王インゲ1世に代わり擁立された異教徒の王。伝承では神々への生贄の儀式を行ったという。

生涯
1080年代没
死亡地
—
出生地
—
出典
世界地図
位置情報未登録

伝記

ブロット=スヴェンは、1080年ごろにスウェーデン王となったとされる人物である。その実在や支配の範囲には不確かな点が多い。義兄弟にあたるインゲ1世はキリスト教徒で、ウプサラの神殿で従来の犠牲祭を行うことを拒んだ。これに反対した人々がインゲを追放し、代わってスヴェンを王に選んだという。ブロットとは北欧の古い宗教における犠牲の儀礼を指し、その名は「ブロットを行うスヴェン」という呼び名であったとも考えられている。一方、ホーコン赤王と同一の人物だったという説もある。ヴェステルイェートランドでは王として認められなかったとみられ、その支配をスウェーデン全域に及ぶものとすることはできない。

即位をめぐる伝承では、インゲは父ステンキルと異なり、人々が古い習慣に従うことを認めなかった。反発したスヴェート人は、昔ながらの儀礼に従うか、王位を去るかを迫った。インゲがキリスト教を捨てないと答えると、人々は石を投げて追い払い、スヴェンが権力を握る機会が生まれたとされる。スヴェンの即位には馬の犠牲を伴う儀礼が結びつけられている。キリスト教徒の王が古い信仰の実践を拒み、それを引き受ける者が新たな王となるという筋立てで、その王権は犠牲祭を行う役割と密接に結びついて語られた。

スヴェンには、イングランド出身の司教エスキルの殉教をめぐる伝説もある。人々がストレングネースで王を囲み、牛や羊を屠って神々に供え、宴会を開いていたところへ、エスキルが現れたという。スヴェンは犠牲にした雄牛の血を人々に飲ませ、自らも肉を食べたとされる。改宗を説いても聞き入れられなかったエスキルが祈ると、雷や雹、雪、雨が祭壇と犠牲の獣を壊したが、司教には一滴も降りかからなかったという。ところが人々はこれを奇跡として受け入れず、占い師スポーボデが石でエスキルの頭を殴り、別の男が斧で打ちつけた。首長たちは司教が魔法で天候を操ったとして、瀕死のエスキルを王の前へ連行した。スヴェンが死刑を命じると、司教は後に修道院が建つ谷へ運ばれ、石を投げられて殺されたとされる。ただし、この物語をスヴェンの実際の行動として確定することは難しい。エスキルの活動年代自体にも異論があり、11世紀後半の人とも、1016年ごろに死んだ人物ともいわれている。

スヴェンの治世は長く続かなかったとされる。インゲは王位を取り戻すためにスヴェンを殺そうと決め、スヴェンは家にいたまま焼き殺されたとも伝えられる。没年は1087年とされるが、生涯の細部は明らかでない。スヴェンが倒れた後も、古い信仰を守るウップランドの人々が、直ちにインゲを受け入れたとは限らない。犠牲祭を続けた後継者がいたという伝承もあり、その名をエリク・オーセルとするものでは、エリクはスヴェンの息子とされる。しかし、エリクもまた実在した王であるとは一般に認められていない。

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