伝記
ゲオルギオス・ケドレノスは、11世紀のビザンツ帝国で活動したギリシア語の歴史家である。生涯の詳しい経過は分かっておらず、修道士だったとも推測される。一方で宮廷の高官であった可能性もある。姓はアナトリコン軍管区の小村ケドロス、あるいはケドレアに由来し、そこが出生地であったという。宮廷でプロエドロスの位にあったとされ、それより前には、やや下位のヴェスタルケスを帯びていた可能性がある。
ヴェスタルケスのゲオルギオス・ケドレノスを名乗る11世紀から12世紀の印章が、ドナウ川流域を中心に、クリミアでも見つかっている。ただし、それらの持ち主と歴史家の同一性は確定していない。同じ時期には、プロトクロパラテスとドゥクスの称号を持つヨハネス・ケドレノスという別の宮廷官人もいた。この人物は兄弟あるいはいとこだった可能性があるが、具体的な親族関係は不明である。
ケドレノスは『歴史梗概』を編纂した。編纂の時期は1050年代ともされ、活動期は11世紀末から12世紀初めともいわれる。この著作は天地創造に始まり、ユダヤ、ローマ、ビザンツの歴史をたどって、1057年のイサキオス・コムネノスの即位までを扱う世界年代記である。偽シメオン・マギストロス、ゲオルギオス・シュンケロス、テオファネスらの著作を組み合わせており、先行する歴史叙述を多く取り入れた。811年以降の部分は、ほとんどヨハネス・スキュリツェスの年代記に従い、わずかな変更を加えている。また、969年のアティル略奪後にも存続していたハザール人の政治勢力について述べている。
生年も没年も確定していない。『歴史梗概』は、スキュリツェスのマドリード写本が公刊されるまでは、その年代記を研究する際の代用としても用いられた。1566年にはギヨーム・クシランデルによる刊本が出た。1838年と1839年には、イマヌエル・ベッカーが校訂した二巻がボンのビザンツ史叢書に収められた。さらに2016年、ローマでルイジ・タルタリアによるこの著作の新たな校訂版が刊行された。
同じ年に亡くなった人物
- ナローパ (1100年没)
- のっぽのトルケル (1100年(推定))
- ウィリアム2世 (イングランド王) (1100年没)
- 赤染衛門 (1100年(推定))
- 紫式部 (1100年(推定))
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