伝記
ナーローパは、インドの仏教の大成就者であり、ティローパに師事した修行者である。ナーローパーダ、ナダパーダ、アバヤキールティとも呼ばれる。生年は956年とされる一方、1016年ごろとする説もあり、確かではない。出生地についても、パータリプトラ、ベンガル、カシミールなど複数の説がある。パータリプトラとする説では、その地域区分の一つであったナガラを出生地に当てる。カシミールのバラモンの家に生まれたともいい、「偉大なカシミール人」と呼ばれるヤショーバドラと同一人物ともされる。生業は木材を売ることだったという。幼いころから独立した気質を持ち、学問と瞑想の道を志していたと伝えられる。
両親の希望に従い、若いバラモンの娘との取り決められた結婚を受け入れた。しかし八年後、夫婦は互いに婚姻を解消して出家することに同意したという。二十八歳でナーランダーの仏教僧院大学に入り、経典と密教の双方を学んだとされる。学識と論争の力で評判を得た。討論に敗れた者が勝者の弟子となる慣行のもと、多くの討論に臨み、教授を通じても弟子を集めた。やがて「北門の守護者」の称号を得て、ナーランダーでは僧院長の地位にまで上ったとされる。ヴィクラマシーラ僧院でも門を守る学僧の一人に数えられる。学問に秀でた僧としての立場を得たが、ティローパを探す旅を始めることになる。
転機は、一人のダーキニーが学習中のナーローパの前に現れたという伝承で語られる。仏の教えの言葉を理解しているかと問われ、理解していると答えると、女は喜んだ。そこで意味も理解していると付け加えると、女は泣き出した。ナーローパは偉大な学者だが嘘をついており、真に教えを理解しているのは自分の兄ティローパだけだ、と告げたという。その名を聞いたナーローパは強い帰依の念を抱き、完全な理解に至るためには師を見いださなければならないと悟った。大学での研究と地位を捨て、ティローパを求めて旅に出た。師を探す過程で十二の小さな苦難を経験したとされ、その一つ一つが悟りへの道に隠された教えであったという。
ついにティローパと出会うと、四つの完全な伝承の系譜を授けられ、その実践を始めた。師のもとで修行と瞑想を続け、さらに十二の大きな苦難を経て、道を妨げる障害を克服し、大印の悟りを完成したと伝えられる。ニグマとの関係は、兄妹とも、伴侶と師弟の関係ともいわれる。後世に「ナーローパの六法」と呼ばれる教えは、無上瑜伽タントラの究竟次第に関わる実践として受け継がれた。また、時輪タントラについての主要な著作も残した。マルパ・ロツァワに直接教えたともいうが、マルパが中間の弟子を通じてその系譜を受けた可能性もある。没年は1040年ごろとする説と1100年とする説があり、生没年の組合せも一致していない。
同じ年に亡くなった人物
- カイドゥ・カン (1100年)
- Stepanos Asoghik (1100年没)
- 哲宗 (宋) (1100年没)
- ゲオルギオス・ケドレノス (1100年没)
- Leo of Ohrid (1100年没)
同じ地域に関係する人物
- アンティアルキダス (紀元前100)
- ヌール・ジャハーン (1645年没)
- Iqbal Bano (2009年没)
- グレート・ガマ (1960年没)
- ムニル・ダル (2011年没)