伝記
ゴッフレード・マラテッラは、11世紀に活動したベネディクト会の修道士であり、ノルマン人による南イタリアとシチリアの征服を記した歴史家である。ノルマン人の出身とされることが多いが、出生地も若いころの経歴も確かではない。アルプスの向こう側に当たる地域から来たとされ、渡伊以前にサンテヴルー修道院にいたという説もあるものの、その所属は確定していない。シチリアで修道士となる以前には、聖職者のために世俗の仕事をしていた時期があったという。
南イタリア半島に渡ったのち、しばらくプーリアで過ごし、それからシチリア島のカターニアにあるサンタガタ修道院へ入った。島への渡来は、ルッジェーロ1世とその兄ロベルト・イル・グイスカルドによる征服の後であった。ルッジェーロが進めた教会の再建に伴って来島し、この修道院に配置された可能性がある。そこで修道院長アンジェリウスのもとに仕えた。カターニアに来る前には、修道生活を離れていた期間もあったが、その長さは分かっていない。
修道士としてラテン語の歴史書『カラブリアとシチリアのルッジェーロ伯およびその兄ロベルト・グイスカルド公の事績』を執筆した。中心となるのは兄弟の活動とシチリア征服であり、年老いたルッジェーロの依頼で書き始めたと考えられる。ルッジェーロは後継者の権利を正当化しようとした可能性もある。マラテッラは複数の語り手から話を聞いたことに触れており、そのなかにルッジェーロ自身もいたと推測される。1098年7月5日に教皇ウルバヌス2世がルッジェーロとその相続人を教会の特使とした勅書や、ボエモンドの第1回十字軍参加も記した。
執筆を始めた時期と完成の時期は明確ではない。1098年ごろに完成したとも考えられるが、叙述の終点は1099年とされる。少なくともルッジェーロが1101年に死去する前には仕上げられたとみられ、マラテッラ自身の没年は明らかでない。著作は1130年代までに狭い範囲ながら流通していた。同時代のイタリア征服史としては、プーリアのグリエルモとモンテカッシーノのアマトの著作とともに現存し、シチリア征服を詳しく扱う点に特色がある。
同じ年に亡くなった人物
- レオンティ・ムロヴェリ (1100年没)
- クレメンス3世 (対立教皇) (1100年没)
- ゲオルギオス・ケドレノス (1100年没)
- Leo of Ohrid (1100年没)
- ゴドフロワ・ド・ブイヨン (1100年没)
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