伝記
ネバムンは、古代エジプト新王国時代の中級役人で、「書記にして穀物の会計係」を務めた人物である。名は「わが主はアムン」を意味する。仕えたのは、テーベ(現在のルクソール)近郊にあった、国家神アムンを祀る広大な神殿複合体である。エジプトにとって穀物の供給は重要であり、神殿と結びついたその職務のため、最高位ではないものの実務上きわめて大きな意味をもつ人物であったとされる。没年は紀元前1400年ごろとされるが、生年は伝わらない。
ネバムンの名が今日に伝わるのは、1820年にナイル西岸のテーベで、彩色豊かに装飾された墓が発見されたからである。発見者は、英国総領事ヘンリー・ソルトの代理人として動いていた若いギリシア人、ジョヴァンニ・ダタナシだった。しかし、この墓の正確な位置は今では失われている。墓から取り外された壁画は十一点にのぼるが、現存が確かなのは四点で、うち三点が大英博物館に、一点がアヴィニョンに所蔵されている。残りは行方不明である。墓の持ち主の名はもともと不明で、便宜上ネバムンと呼ばれているともいう。墓は、十八王朝・十九王朝の官吏たちが葬られたシェイク・アブド・エル・クルナの広大な墓地にあったとされる。
壁面は漆喰で整えられ、鮮やかなテンペラ絵具で、素早く確かな筆致により描かれていた。なかでも名高いのが狩猟の場面で、エジプト美術の傑作のひとつとされる。楽園のような景色のなか、ネバムンはパピルスの小舟に立ち、片手に蛇をかたどった投げ棒を、もう一方の手に三羽のおとりのサギを握る。舟には、香油の円錐を頭に載せて美しい衣をまとい、花束とシストルを手にした妻と、蓮の花を摘もうとひざまずく幼い娘が同乗している。舟の前方では家猫が三羽の鳥を捕らえており、近年の修復で猫の目が金であったことがわかった。この場面は、夜の冥界への旅の危険に打ち勝つことを象徴するといわれる。舟の下には魚が泳ぎ、魚は再生の象徴とされる。
墓からはほかにも、木々や鳥、魚、花を備えた理想の庭園の絵が伝わる。整然と並ぶ木々は秩序の勝利を表すとされ、ヤシのほか、女神ハトホルに捧げられたイチジクの木も描かれる。池には白と青の睡蓮が浮かび、魚はナイルのティラピアと種類が見分けられるほど忠実に描かれている。庭の右上では、一人の女性が横顔で果実を摘んでいる。
日常を描いた場面もある。書記がネバムンの所領で牛の検査とガチョウの数えあげを行う光景では、牛の斑の模様が一頭ごとに違い、ガチョウも羽毛がそれぞれに描き分けられている。さらに宴の場面では、薄く短い衣をまとい、化粧をして宝飾品を身につけた女性客が描かれ、持ち主の高い社会的地位を示している。これらの壁画は、大英博物館が誇る至宝のひとつに数えられている。
同じ年に亡くなった人物
- アルタタマ2世 (紀元前 1400年(推定))
- トトメス (紀元前1400)
- アメプホテプ、ハプの息子 (紀元前1400)
- アメンホテプ2世 (紀元前 1400年)
- テイ (紀元前1400)
同じ地域に関係する人物
- Sayed Nosseir (1974年没)
- ピーリー・レイース (1554年没)
- ジェデフホル (紀元前2600)
- ムハンマド・アブドゥルワッハーブ (1991年没)
- ハンス・フォン・ビューロー (1894年没)