伝記
ベアトリス2世は、ブルゴーニュ女伯(在位1205年から1231年)である。ドイツ名ではベアトリクス・フォン・シュタウフェンとも呼ばれ、シュタウフェン家の出身で、皇帝フリードリヒ・バルバロッサの孫にあたる。1193年(1191年とする説明もある)に生まれ、1231年5月7日に没した。父はブルゴーニュ伯オトン1世、母はマルグリット・ド・ブロワで、母は、ブロワ伯ティボー5世と、フランス王ルイ7世とアリエノール・ダキテーヌの娘アリックスとの娘であった。姉はジャンヌ1世である。
1200年、父オトンがブザンソンで30歳のときに暗殺された。男子がなかったため、姉のジャンヌ1世が9歳でブルゴーニュ伯位を継いだが、ジャンヌも1205年に14歳で早世したため、ベアトリスが伯位を継いだ。1198年からドイツ王であった叔父フィリップ・フォン・シュヴァーベンが、彼女のブルゴーニュの相続を確かなものにしていた。
1208年に、アンデクス伯でメラーン公のオットー1世(ブルゴーニュ伯としてはオトン2世、1234年没)と結婚し、夫はこの結婚によってブルゴーニュ伯となった。同じ年に息子オットー2世が、翌1209年に娘アーデルハイトが生まれた。2人のあいだには1男5女が生まれた。娘のアグネスは、1229年にオーストリア公フリードリヒ2世と結婚し(1240年に離婚)、1248年にケルンテン公ウルリヒ3世と再婚した。ほかの娘たちも、オーラミュンデ伯ヘルマン2世、ニュルンベルク城伯フリードリヒ3世らと結婚した。マルガレータは、1232年にモラヴィア辺境伯プシェミスル(ボヘミア王オタカル1世の子)と結婚し、1240年にトリューディンゲン伯フリードリヒ5世と再婚した。アーデルハイトは、はじめユーグ3世・ド・シャロンと結婚し、のちにサヴォイア伯フィリッポ1世と再婚した。ベアトリスは1231年に、およそ40歳で亡くなった。夫のオットー1世が1234年に没すると、息子のオットー2世がブルゴーニュ伯を継いだが、彼が1248年に跡継ぎのないまま没すると、伯領は妹のアーデルハイトのものとなった。
同じ年に亡くなった人物
- 趙汝适 (1231年没)
- エルジェーベト (ハンガリー王女) (1231年没)
- ルートヴィヒ1世 (バイエルン公) (1231年没)
- ジャラールッディーン・メングベルディー (1231年没)
- ヴワディスワフ3世ラスコノギ (1231年没)
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