HISTORICAL PERSON · 1354年没

マリー・ダヴェーヌ

ブルボン公ルイ1世の妃。8子をもうけ、娘たちを欧州各地の貴族に嫁がせた。

生涯
1354年没
死亡地
フランス共和国(アリエ県 / Chateau de Murat (Allier))
出生地
フランス共和国(ヴァランシエンヌ)
出典
世界地図
フランス共和国(アリエ県)

伝記

マリー・ダヴェーヌは、1280年にヴァランシエンヌで生まれ、エノー伯でホラント伯でもあるジャン2世とフィリッパ・フォン・ルクセンブルクの娘である。エノーのマリーの名でも呼ばれる。父方の祖父母はジャン1世・ダヴェーヌとアデライード・ファン・ホラント、母方の祖父母はルクセンブルク伯アンリ5世とマルグリット・ド・バールである。兄弟にはエノー伯のギヨーム1世とジャン・ド・ボーモンがおり、姉妹にはノーフォーク伯夫人アリスがいた。姪には、神聖ローマ皇帝ルートヴィヒ4世と結婚したエノー・ホラント女伯マルガレーテと、イングランド王エドワード3世と結婚して9人の子の母となったフィリッパがおり、フィリッパの子には黒太子エドワードやジョン・オブ・ゴーントがいる。

1310年6月に結婚契約が交わされ、同じ年の9月、マリーはポントワーズでブルボン公ルイ1世と結婚した。ルイは、クレルモン伯ロベールとベアトリス・ド・ブルボンの息子である。二人のあいだには8人の子が生まれた。長男のピエール1世は1311年の生まれで、のちにブルボン公となった。娘のジャンヌは1324年にフォレ伯ギーニュ7世と結婚した。マルグリットは1320年にジャン2世・ド・シュリーと結婚し、1346年にユタン・ド・ヴェルメイユと再婚した。同名の娘マリーは1330年1月にニコシアでキプロス王ユーグ4世の子ギー・ド・リュジニャンと結婚し、のちにターラント公ロベルトと再婚した。ベアトリスは1334年にボヘミア王ヨハンと結婚し、1347年ごろにウード2世・ド・グランシーと再婚した。ジャック1世はラ・マルシュ伯となった。夫のルイ1世には、愛人ジャンヌ・ド・ブルボン=ランシーとのあいだに何人もの庶子がいたという。

マリーは1354年8月28日、ミュラ城で亡くなった。シャンペーニュのコルドリエ修道院に葬られ、墓の上に置かれた横臥像は、1860年にスーヴィニーの教会へ移された。マリーの死後、長男ピエール1世はポワティエの戦いで、ジャック1世はブリニェの戦いで戦死した。

同じ年に亡くなった人物

同じ地域に関係する人物