伝記
カタリナ・カールスドッテルは、スウェーデン王カール8世(カール・クヌートソン)の2番目の妃である。ビュルムのカタリナ、のちにはカタリナ・グムセヒュヴードとも呼ばれる。1418年ごろに生まれ、1450年9月7日に没した。1448年から1450年までスウェーデンの王妃、1449年から1450年までノルウェーの王妃だった。
父は、王国会議の一員で騎士のカール・オルムソン(グムセヒュヴード)、母はマルタ・グレゲルスドッテルである。1438年10月5日にストックホルムで、のちにカール8世となるカール・クヌートソンと結婚した。当時のカールは、最初の妻を亡くしたやもめだった。カタリナが最初の妻の親族にあたるため、結婚の前に教皇の特免を得た。生まれる子が嫡出と認められるようにするためである。盛大な結婚式は、数多くの高位聖職者や貴族が出席し、12日間続いて、酒や蜂蜜酒がふるまわれ、馬上槍試合も催されたと伝えられる。同じ10月に、カールはスウェーデンの摂政に選ばれた。カタリナは、カールが摂政の座を離れる1440年まで、実質的に王妃に準じる第一の貴婦人として務めた。1441年の秋に、クリストファ3世が新しい王となり、カタリナが夫とともにフィンランドへ旅立つ少し前に、王は、生まれたばかりの彼女の娘の代父になったとされる。
1448年に夫が摂政に復帰し、カール8世として即位すると、カタリナは、同年7月2日にウプサラ大聖堂でスウェーデン王妃として戴冠した。翌1449年には、夫がノルウェー王にもなり、カタリナはノルウェー王妃ともなった。王妃としての活動を伝える記録は少ないが、1450年1月にヴァドステナ修道院を訪れたことは確かである。美しく、陽気な人柄で、宮廷によい雰囲気をつくり、謁見を求める人々にも親しく応じたと伝えられる。結婚生活はとても幸福で、2人の関係はつねにこの上なく良好だったといわれる。
2人の間には9人の子が生まれ、4人の息子と5人の娘だったが、5人は幼くして世を去った。娘のうち、マルガレータ(1442年生まれ、1462年没)、マグダレーナ(1445年生まれ、1495年没)、リケサ(1445年ごろ生まれ)、ブリギッタ(1446年生まれ、1469年没)の4人は母より長く生きた。マグダレーナは1466年に貴族のイヴァル・アクセルソン・トットと結婚し、リケサとブリギッタはヴァドステナ修道院の修道女となった。1450年9月7日にカタリナは、ストックホルムで、流行したペストにより亡くなり、夫は深く悲しんだ。遺体は、1451年にヴァドステナ修道院に葬られた。
同じ年に亡くなった人物
- バジル・バレンタイン (1450年)
- 世宗 (朝鮮王) (1450年没)
- ジャック・ケイド (1450年没)
- ハインリヒ16世 (バイエルン公) (1450年没)
- ベント・イェンセン・オクセンシェルナ (1450年)
同じ地域に関係する人物
- ジョー・アームストロング (2019年没)
- ルイーズ・マウントバッテン (1965年没)
- スヴァンテ・スレッソン (2021年没)
- Andrea Andreen (1972年没)
- リヒャルディス・フォン・シュヴェリーン (スウェーデン王妃) (1377年没)