HISTORICAL PERSON · 紀元前700没

Senkamanisken

前7世紀後半にナパタで統治したクシュ王。エジプト王の称号を用い、ジェベル・バルカルの神殿を飾った。息子2人も王位に就いた。

生涯
紀元前700没
死亡地
—
出生地
—
出典
世界地図
位置情報未登録

伝記

センカマニスケンは、ナパタを都として古代のクシュ(ヌビア)を治めた王である。在位は紀元前640年から前620年ごろとも、前643年から前623年ごろともされる。センカマニスケンは誕生名で、王名としてはセケペルエンラーを名乗り、ホルス名や黄金のホルス名、二女神名なども定めた。古代エジプトのファラオにならった王の称号を用いていた。

家族については、王妃にアマニマレルとナサルサの名が挙がる。ナサルサは先代の王アトラネルサの娘とされ、夫より長生きした。ナサルサとのあいだには二人の息子、アンラマニとアスペルタが生まれた。王の死後はまずアンラマニが即位し、紀元前593年に弟のアスペルタに代わった。兄弟はともにクシュの王位に就いたことになる。王自身の墓はヌリにあるピラミッドのNu.3である。そこからは、ウシャブティと呼ばれる副葬用の小像が1277体見つかり、ブルックリン博物館などに伝わっている。祖父にあたるタハルカの像より小ぶりだが、数は多いという。

造営の面では、ジェベル・バルカルで、アトラネルサが着工した小さな神殿を完成させた。その門のそばには高さ約4メートルの巨大な王像が据えられ、現在はスーダン国立博物館にある。ほかに、王を表した三体の小さな像も同じジェベル・バルカルで見つかった。また、のちにアスペルタが着工したジェベル・バルカルの神殿B700も王が装飾を手がけ、そこには敵を棍棒で打ち倒す王の姿が表されている。神殿の象形文字の銘文は、アメン神がセンカマニスケンを王に選んだ次第を記している。

巨大な像は、エジプトの影響とヌビア本来の伝統を合わせた前代の作風を、さらに洗練させたものと評される。脚と足は以前の作より大きく力強く、腕は拳で終わり、筋肉が強調されて王の力を示している。頭は短い首の上にのり、額には二重のウラエウスが残る。丸い頭にはクシュ風の帽子がぴったりとかぶさり、首には雄羊の頭をつないだ紐が下がる。像は腕や手首、足首の装身具、サンダルの紐、王の腰布なども身に着けていた。

これらの像は、紀元前592年にエジプトのプサメティコス二世がクシュを攻めた際に、埋められたか隠されたとみられる。スフィンクスにも王の名が刻まれていた。メロエでも王の名のある品が見つかり、のちにナパタが略奪されたあと政治の中心となるこの地を、王が重んじていたことをうかがわせる。また、第25王朝のあとのヌビアの王で、エジプトで見つかった銘文に名が出るのはこの王だけであり、メンフィスの供物台の破片に名が見える。

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