伝記
アンティオキアのマルガリタ(聖マルガリタ、英語名マーガレット)は、正教会、非カルケドン派、カトリック教会、聖公会で聖人とされる乙女殉教者である。304年頃に亡くなったと伝えられるが、伝説上の人物とされ、歴史上実在したかどうかは非常に疑わしい。西方教会での記念日は7月20日で、正教会では7月17日(ユリウス暦を使う教会では7月30日に相当)に祝い、聖大致命女マリナと呼ぶ。西方ではマルガリタの名で知られ、ラテン語で「真珠」を意味する。
彼女の物語は、ヤコブス・デ・ウォラギネの『黄金伝説』に記されている。それによれば、マルガリタはピシディアのアンティオキア(現在のトルコ南部、アンタルヤ近郊にあった町)の生まれで、289年頃とする説もある。父はアエデシウスという異教の祭司であった。彼女は密かにキリスト教徒となって純潔を誓い、そのため父からうとまれ、養母(乳母)のもとで羊飼いをしながら暮らした。ある日、羊の群れを飼っていたところを地方高官のオリブリウスに見初められた。彼は彼女を妻か妾にしようとし、信仰の放棄と引き換えに結婚を申し込んだが、彼女は拒み、偶像への犠牲も拒否して捕らえられ、拷問を受けることになった。
最古の伝記とされるギリシア語の受難物語は、敬虔な小説の性格を持ち、作者は自らを同時代人と称したという。それによれば、彼女は牢獄で長い祈りを捧げ、悪魔に打ち勝つ強さを願った。すると大地が揺れ、ルフスという大きな竜が現れて彼女を飲み込んだ。だが彼女が十字を切ると、竜の腹は内側から裂け、無事に出てきた。ここから「苦難を乗り越えて胎内から出てきた」という伝承が生まれ、民衆信仰では妊婦や出産の守護聖人として崇敬されている。続いて別の悪魔が現れ、彼女は再び十字を切り、悪魔の髭をつかんで銅の槌で頭を打ち、その名がベルゼブルだと白状させた。牢の床が裂けると、悪魔はその中へ飲み込まれた。翌日、オリブリウスは彼女に犠牲を捧げるよう命じ、異教の司祭職を約束したが、聞き入れられなかった。彼女は衣服を剥がれて吊るされ、燃える灯火を体に当てられたが、祈って耐えた。水に沈めようとしても効果はなく、冠をくわえた鳩が天から降りて、間近な勝利を告げたという。ついに斬首が命じられ、刑を執る者は改宗し、彼女に取りなしを求めた。
彼女は死に際に、自分の戦いを書き記す者や、礼拝堂を建てる者の罪が赦されるように、また、とりなしを求める者が助けられるようにと願った。信心は494年に教皇ゲラシウス1世が正統なものでないと宣言したが衰えず、十字軍の時代に再び盛んになった。ギリシアの教会ではマリナと呼ばれ、聖ペラギアと同一視されるが、二人が同一人物であることを示す史料はない。イングランドで崇敬は特に盛んで、250もの教会が彼女に捧げられ、十四救難聖人の一人でもあり、ジャンヌ・ダルクに幻で現れたことでも知られる。絵画では竜から逃れる姿で描かれる。北イタリアのヴェルナッツァでは、彼女の遺物を納めた箱が浜辺で見つかったという伝説があり、町の守護聖人として祝われる。パリでも、サン・ジェルマン・デ・プレ教会で崇敬された。1969年の典礼改革で典礼暦から削られたが、民衆の信心は生き続けている。
同じ年に亡くなった人物
- ローマのパンクラティウス (304年)
- シラクサのルチア (304年没)
- Saint Domnius (304年)
- メリダのエウラリア (304年没)
- サラゴサのヴィセンテ (304年没)