HISTORICAL PERSON · 2007年没

ジャン・ボードリヤール

フランスの哲学者、思想家。『消費社会の神話と構造』が現代思想に大きな影響を与え、ポストモダンの代表的な思想家とされる。

生涯
2007年没
死亡地
フランス共和国(パリ / 6区)
出生地
フランス共和国(ランス)
出典
世界地図
フランス共和国(パリ)

伝記

ジャン・ボードリヤールは、1929年7月29日にフランス北東部マルヌ県のランスで生まれた哲学者であり思想家である。小作農の家に生まれ、父は下級官吏だった。1948年にソルボンヌ大学に入学し、当初の専攻はドイツ語だった。1962年にはフェリックス・ガタリとともにフランス中国人民協会を設立した。そのころから、カール・マルクスやベルトルト・ブレヒトの翻訳を発表している。1966年に博士号を取得し、博士論文は『物の体系』で、審査員にはロラン・バルト、ピエール・ブルデュー、アンリ・ルフェーブルがいた。パリ大学ナンテール校でルフェーブルの助手となり、その後に発表した著作で、ソシュールの記号論を、貨幣はそれ自身の記号によって置き換えられるというマルクスの価値理論に取り入れた画期的な視点が注目を集めた。

1970年の『消費社会の神話と構造』は、現代思想に大きな影響を与えた。大量消費と再生産の時代を迎え、商品が使用価値としてだけでなく、記号として立ち現れることを説いた。1972年に『記号の経済学批判』、1973年に『生産の鏡』、1976年に『象徴交換と死』と刊行を重ね、1977年には『誘惑論序説――フーコーを忘れよう』を発表して、ミシェル・フーコーの怒りを買った。1981年の『シミュラークルとシミュレーション』は、1980年代のニューヨークで台頭したシミュレーショニズムの精神的支柱になった。1986年にナンテールの教授を辞任した。数学や科学の用語を不適切に使っているとして、アラン・ソーカルらから批判も受けた。

1990年代には写真家、写真評論家としても活躍し、写真評論集に『消滅の技法』がある。1991年には『湾岸戦争は起こらなかった』を著し、2001年のアメリカ同時多発テロの前から、ワールドトレードセンターの双子の塔について考察していた。クローンやディズニーランド、湾岸戦争、グローバリゼーションとアメリカナイゼーションを題材に、アメリカと世界が持つ問題を論じた。1992年の著作では、フランシス・フクヤマの歴史の終わりに代表される自由主義への楽観的な見方を批判している。その哲学は映画『マトリックス』のもとになったともされ、ウォシャウスキー監督は意識しており、主演のキアヌ・リーブスらは『シミュラークルとシミュレーション』を読まされ、映画のなかにもこの本が登場する場面がある。続編の制作前に監督が助言を求めたが、ボードリヤール自身は拒んだという。

日本ではニューアカデミズムのブームの1980年代に人気の思想家となり、今村仁司らによる日本語訳が多く出た。堤清二は『消費社会の神話と構造』などに触発されて、1980年に無印良品を始めた。1981年に来日し、西武百貨店でシンポジウム「ボードリヤール・フォーラム東京81」が開かれ、広く注目された。阪神・淡路大震災の直後にも来日し、日本の国家の豊かさは市民が貧しい状態に置かれていたことの裏返しにすぎないと述べ、富の再配分に問題があるのではないかと指摘した。1997年にパルコギャラリーで写真展を開き、2003年の来日では早稲田大学で「暴力とグローバリゼーション」を講演し、会場の大隈小講堂は超満員となった。2007年3月6日、パリの自宅で亡くなった。77歳だった。

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