HISTORICAL PERSON · 2007年没

マルセル・マルソー

フランスのパントマイム・アーティスト。この芸術形式の第一人者で、「パントマイムの神様」「沈黙の詩人」と呼ばれた。第二次世界大戦中は自由フランスに参加した。

生涯
2007年没
死亡地
フランス共和国(ロット県 / カオール)
出生地
フランス共和国(ストラスブール)
出典
世界地図
フランス共和国(ロット県)

伝記

マルセル・マルソーは、1923年3月22日にフランスのストラスブールで、ユダヤ人の家庭にマルセル・マンジェルとして生まれたパントマイム・アーティストである。「パントマイムの神様」「沈黙の詩人」と呼ばれた。父シャルルは戒律に沿った肉を扱う肉屋で、歌手になりたかった人物だった。母アンナは本が好きだった。幼いころに叔母に連れられて観た、チャールズ・チャップリンの映画が、生涯の影響となった。1939年に第二次世界大戦が始まると、家族はストラスブールから避難を強いられ、リモージュに移った。そこでは学校に通い、装飾美術学校では陶芸も学んだ。1942年には、ユダヤ人の子供たちを匿う施設で演劇の指導にあたり、不安な状況を和らげる手伝いをして、従兄とともに30人ほどの子供をスイスへ逃がす活動にも加わった。兄弟とともにレジスタンスに加わり、ユダヤ人であることを隠すため、姓をヴィクトル・ユーゴーの詩集からとったマルソーに変えた。堪能な英語を生かして、アメリカ軍のパットン将軍の部隊で連絡係も務めた。1944年3月、父はリモージュでドイツ側に捕らえられ、アウシュビッツ強制収容所へ送られて亡くなった。

戦後の1946年にサラ・ベルナール劇場にあるシャルル・デュランの演劇学校に入り、デュランらに師事して演劇と身体表現を学んだ。同じ師に学んだ仲間に、のちに映画『天井桟敷の人々』で知られるジャン=ルイ・バローがいる。バローの劇団に加わり、道化の役で好評を得て、最初の無言劇『プラクシテレスと黄金の魚』を上演して高い評価を受けた。声が低くこもっていたことも、パントマイムの道に進む決心につながったとされる。1947年、白く塗った顔に、よれよれのシルクハット、帽子に力なく飾った花、縞のシャツという代名詞のキャラクター「ビップ」を創造した。ディケンズの小説の登場人物にちなんだ名で、その姿はパントマイムの一般的なイメージとして定着した。『若さ、成熟、老年そして死』と呼ばれるスケッチは、評論家に「小説家が何冊書いても表現しきれない世界を2分で表現する」と言わせた。1949年には、2番目の無言劇『夜明け前の死』でドビュロー賞を受けた。自身の劇団を設立し、ゴーゴリの『外套』の翻案、『フルート吹き』、『文体練習』、『闘牛士』、『小さなサーカス』などを上演した。

1955年にはアメリカでデビューし、ニューヨークで絶賛された。公演は南米、アフリカ、オーストラリア、中国、日本、東南アジア、ロシア、ヨーロッパでも称賛され、2006年までワールドツアーを続けた。最初のテレビ出演はエミー賞を受賞し、1967年の映画『バーバレラ』ではピング教授を演じ、1976年のメル・ブルックス監督の映画では、作品中ただ一つの台詞「ノン」を話す本人の役で出た。1978年にはパリに国際無言劇学校を創設し、1996年にはアメリカにマルソー財団を設立した。レジオンドヌール勲章のオフィシエ章を受け、1999年には、ニューヨーク市が3月18日をマルセル・マルソーの日と定めた。2007年9月22日、フランスのカオールの自宅で84歳で亡くなり、パリのペール・ラシェーズ墓地に埋葬された。

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