伝記
ルー・リード、本名ルイス・アレン・リードは、1942年3月2日にニューヨーク市ブルックリン区で生まれたアメリカのロック・ミュージシャンである。ユダヤ系の血を引き、父の代にラビノヴィッツから姓を改めた。シラキュース大学に在学中は詩人デルモア・シュワルツに師事して詩作を学んだ。
1965年にヴェルヴェット・アンダーグラウンドを結成し、ボーカリスト兼ギタリストとして名を知られた。1970年に脱退するまでリーダーとして楽曲とアルバムの制作を牽引し、前衛的な実験性と翳りを帯びたメロディを融合させた独特の音楽性を築いた。代表曲に「ヘロイン」「僕は待ち人」「スウィート・ジェーン」「ロックン・ロール」などがある。活動期間は4年ほどにすぎなかったが、在籍中の活動はオルタナティヴ・ロックを生んだ「ビッグ・バン」と位置づけられている。
1970年8月にバンドを抜けると実家に戻り、しばらく父親の会社でタイピストを務めた。1972年4月にアルバム『ロックの幻想』でソロ・デビューし、同年11月にはデヴィッド・ボウイとミック・ロンソンが制作を担った『トランスフォーマー』を発表した。シングル「ワイルド・サイドを歩け」はグラム・ロックとして支持されてヒットした。1973年の『ベルリン』は閉鎖的な都市での内省的で陰鬱な恋愛を映画的に描いたコンセプト・アルバムで、安易な商業主義への迎合は避けたものの、批評家からは批判を受けた。次作『死の舞踏』(1974年)は自己最高のヒットを記録し、1976年の『コニー・アイランド・ベイビー』までは人気を保った。のちのアリスタ時代には、ポップとロックの折衷を求めて試行錯誤を重ね、RCAに復帰して『ブルー・マスク』や『レジェンダリー・ハーツ』を制作した。時流に歩み寄った『ニュー・センセーションズ』などではリスナーを戸惑わせている。
1989年には、自らのルーツと向き合ったアルバム『ニューヨーク』で復調を遂げた。1990年には、1987年に世を去ったアンディ・ウォーホルの追悼として、ジョン・ケイルと『ソングス・フォー・ドレラ』を作った。2003年にはエドガー・アラン・ポーの「大鴉」などを題材にした『ザ・レイヴン』を、2011年にはヴェーデキントの「ルル二部作」を題材にした『ルル』をメタリカと共に発表した。一方で、ギターのノイズの多重録音だけを一時間余り聞かせる『無限大の幻覚』(1975年)のような問題作もあり、ファンや報道を当惑させた。
私生活では、1973年にベティ・クロンスタッドと結婚して一年も経たず離婚し、1980年にはデザイナーのシルヴィア・モラレスと再婚して、1994年に離婚した。モラレスの兄から中国武術を学び、のちに陳家太極拳の師に師事して、太極拳は生涯の関心事となった。1992年に音楽祭の共演で知り合った前衛パフォーマンス・アーティストのローリー・アンダーソンとは、2008年4月に結婚している。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドとしては1996年に、ソロとしては没後の2015年にロックの殿堂入りを果たした。2013年に肝臓の移植手術を受けたと報じられ、10月27日、ニューヨーク州サウサンプトンの自宅で亡くなった。71歳であった。
同じ年に亡くなった人物
- ロバート・リチャードソン (物理学者) (2013年没)
- Hans Schnitger (2013年没)
- ソス・サルグシアン (2013年没)
- Rolv Wesenlund (2013年没)
- ヨラム・カニュク (2013年没)
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- リズ・シェリダン (2022年没)
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- ウォルター・ダムロッシュ (1950年没)
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