伝記
ポキュリデスは、小アジアの都市ミレトスの出身で、格言詩を作ったギリシアの詩人である。メガラのテオグニスと同時代の人とされ、紀元前560年ごろに生まれたともいわれる。一方、ビザンツの百科事典『スダ』は、紀元前544年から541年の四年間に生まれたと伝え、紀元前6世紀後半に活動したとされる。生涯についてはほとんど何も知られていない。
作品のうち、現存するのは断片だけである。おもにストバイオスの『アンソロジー』に引かれた「格言」がそれで、地位や富の華やかさと虚飾を軽んじ、名誉、正義、知恵についての考えを簡素な言葉で述べている。主な作品は『勧告』、『格言』、『章句』などさまざまな題で知られ、18の断片が残る。そのうち16が六歩格、2が哀歌の二行連句で書かれている。各章は「これもまたポキュリデスの言葉」という決まり文句で始まり、現存する断片のうち4つにこの句が見える。『スダ』は、彼が叙事詩と哀歌も書いたと述べている。
韻律の点でテオグニスと違い、ポキュリデスの詩は哀歌の二行連句ではなく六歩格で書かれている。そのため笛の伴奏で歌われたのではなく、複数の章をつなげて朗唱されたのだろうと考えられている。マーティン・ウェストによれば、作者は作品を最初から一つのまとまりとして構想し、冒頭の決まり文句で各章が前の章への付け足しであることを示した。ただし、ポキュリデス本人が言葉の作者だったとは限らず、信頼の保証としてその名が借りられた可能性もあるという。
古代にはよく引かれた。イソクラテスは、ヘシオドスやテオグニスとともに、人の生き方への最良の助言者のひとりに挙げた。プラトンとアリストテレスも詩を引用し、ディオン・クリュソストモスやアテナイオスはテオグニスと比べている。
また、ミレトスのポキュリデスの作とされた『ポキュリデスの訓戒詩』という230行ほどの教訓詩がある。しかし現在では、紀元前170年から紀元後50年ごろに生きたアレクサンドリアのユダヤ系の人物が書いたとされ、旧約聖書の影響が見られる。この詩は1495年にヴェネツィアで初めて印刷され、宗教改革の時代には学校の教科書として好まれた。偽作が彼の名で書かれたこと自体が、格言詩人としての名声の高さを示している。
同じ年に亡くなった人物
- アッシュル・ウバリト2世 (紀元前600年代没)
- アガシクレス (紀元前 600年(推定))
- ヘルミオネのラスス (紀元前600)
- Charondas (紀元前600)
- アルサメス (紀元前600)
同じ地域に関係する人物
- Apollonius of Tralles (紀元前160)
- ヘルモゲネス (紀元前200)
- セクストゥス・ポンペイウス (紀元前35年没)
- タレス (紀元前540年代没)
- アナクシメネス (紀元前525年没)