HISTORICAL PERSON · 2017年没

ジョン・ハート (俳優)

イギリスの俳優。50年以上で200本を超える作品に出演し、『ミッドナイト・エクスプレス』や『エイリアン』のクルー役で日本でも名前が知られた。

生涯
2017年没
死亡地
イギリス連邦(ノーフォーク / クローマー)
出生地
イギリス連邦(チェスターフィールド)
出典
世界地図
イギリス連邦(ノーフォーク)

伝記

ジョン・ヴィンセント・ハートは、1940年1月22日にイングランドのダービーシャー州チェスターフィールドで生まれたイギリスの俳優である。舞台、映画、テレビで50年以上にわたって200本を超える作品に出演し、英国で「最も特徴的な声」を持つといわれた。父は数学者から聖職者に転じた英国国教会の牧師で、母フィリスは元女優で、マンチェスターの会社で最初の女性製図工になった人物である。父はダービーシャーの教会で牧師を務め、一家は各地の牧師館を移り住んだ。

8歳のとき、ケント州の聖公会系の寄宿予備学校に入れられた。ここで学校劇『青い鳥』の少女役を演じて、俳優になろうと決めたという。12歳で兄の学校の入試に落ちてリンカーン・スクールの寄宿生となり、俳優になりたいと告げた校長には、学校劇ならいいが職業としては見込みがないと笑われた。1952年に父がリンカンシャー州クリーソープスの教会へ移ると、牧師館は映画館の向かいにあったが、映画は好ましくないものとされて見ることを許されなかった。一方で舞台は良いとされ、母は地元の劇場に連れていってくれた。両親は俳優になる夢を喜ばず、美術教師になるよう勧めた。17歳でグリムズビー美術学校に入り、1959年には奨学金を得てロンドンのセント・マーチンズ美術学校で美術教師の資格を目指した。1960年に王立演劇学校の奨学金を得て、2年間学び、1962年に卒業した。

映画初出演は1962年の英国の恋愛劇『ワイルド・アンド・ウィリング』である。最初の大きな役は、フレッド・ジンネマン監督の歴史劇『わが命つきるとも』(1966年)のリチャード・リッチで、ポール・スコフィールドらと共演した。この作品はアカデミー作品賞を含む6部門を受賞し、高い演技力で注目された。1971年の『10番街の殺人』、翌年の『二人だけの白い雪』のヒットで一気に知名度があがる。作家クエンティン・クリスプの自伝的テレビ映画『裸の公僕』(1975年)で英国アカデミー賞のテレビ主演男優賞を受け、これが代表作となった。1976年のBBCのテレビシリーズ『われ、クラウディウス』では皇帝カリグラを演じた。

『ミッドナイト・エクスプレス』(1978年)でアカデミー助演男優賞にノミネートされ、『エイリアン』(1979年)の乗組員役でも名を知られた。のちに『スペースボール』では本人役でカメオ出演し、『エイリアン』の自己パロディを演じている。デヴィッド・リンチ監督の『エレファント・マン』(1980年)では、特殊メイクでジョン・メリックに扮して再びオスカーにノミネートされ、リンチは彼を「世界最高の俳優」と呼んだ。以降は、知的で心優しい父親や教師から悪役、時代物の独裁的権力者まで幅広く演じた。ジョージ・オーウェル原作の『1984』(1984年)では、国家権力に翻弄されながらも意志を貫く悲劇の主人公を演じた。

ハリー・ポッターのシリーズでは杖の職人オリバンダーを演じ、イギリスの人気ドラマでは2013年の50周年特別編でウォー・ドクターを演じた。動物番組やアニメーションのナレーションも多く務め、ラース・フォン・トリアー監督の作品でも詳細なナレーションが役割を果たした。2015年にエリザベス2世からナイト爵を授かり、同年、膵臓癌の治療中であることを明かしていた。2017年の映画で首相ネヴィル・チェンバレンを演じる予定だったが、治療のため降板し、ロナルド・ピックアップが代役を務めた。2017年1月25日に死去した。77歳であった。

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