HISTORICAL PERSON · 2020年没

オリバー・ウィリアムソン

アメリカの経済学者。取引費用経済学の権威で、2009年にエリノア・オストロムとともにノーベル経済学賞を受賞した。

生涯
2020年没
死亡地
アメリカ合衆国(カリフォルニア州 / バークリー)
出生地
アメリカ合衆国(スペリオル)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(カリフォルニア州)

伝記

オリバー・イートン・ウィリアムソンは、1932年9月27日にウィスコンシン州スペリオルで生まれ、2020年5月21日に没したアメリカ合衆国の経済学者である。取引費用経済学の権威として知られ、2009年にエリノア・オストロムとともにノーベル経済学賞を受けた。

両親はいずれも高校の教師で、少年期はスペリオルの中央高校に通った。リポン大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)に二重に在籍し、1955年にMITのスローン経営大学院から経営学の学士号を得た。学部時代に学んだ工学が、取引費用への最初の関心を呼び起こしたという。卒業後は、ゼネラル・エレクトリック社でプロジェクト技師として働き、中央情報局にも勤めたとされる。1960年にスタンフォード大学で経営学修士(MBA)を取得し、1963年にカーネギーメロン大学で博士の学位を得た。学位論文の題は「裁量的行動の経済学」で、ロナルド・コース、ハーバート・サイモン、リチャード・サイアートに学んだ。1957年にはワシントンでドロレス・チェリーニと知り合い、のちに5人の子をもうけた。

教職の経歴は次のとおりである。1963年から1965年までカリフォルニア大学バークレー校の助教授を務め、1965年からペンシルヴァニア大学で准教授、1968年から1983年まで教授となった。1983年から1988年はエール大学の教授で、この間に『法・経済・組織ジャーナル』の創刊に加わった。1988年にバークレー校へ戻って経営管理学などの教授となり、2004年からは大学院とハース・スクール・オブ・ビジネスの名誉教授であった。1977年から1978年にはグッゲンハイム・フェローシップを得て、行動科学高等研究センターのフェローにもなった。1999年にはフルブライト招聘教授としてシエナ大学で教えている。

研究の核心は、人間観にある。新古典派経済学は、完全に合理的で効用を最大化する人間を想定してきたが、ウィリアムソンは人間を限定合理的で、機会主義的な性格をもつ存在と仮定した。そのような人間が市場で見知らぬ相手と取引すれば駆け引きが起こり、多大な取引上の無駄、すなわち取引コストが生じる。取引コストを節約するために組織が形成され、その原理でさまざまな組織の設計が説明できると考えた。また、取引が繰り返される毎回の交渉と、特定の相手との関係に特化した契約とを区別し、石炭を市場で繰り返し買う電力会社が、やがて特定の供給者と継続的な関係を結ぶ例を挙げて、その違いを論じた。情報が一方にしか知られず、他方が費用をかけずには見抜けない状況を指す「情報の偏在」という語を広めたともされる。1980年代から1990年代には、市場と非市場の意思決定や管理、サービス提供の同等点と相違点に注意を促し、公的部門と私的部門の境界をめぐる議論にも影響を与えた。主著に『市場と企業組織』、『資本主義の経済制度』、『統治のメカニズム』などがある。

1994年に米国科学アカデミーの会員となり、1999年にジョン・フォン・ノイマン賞、2006年にトムソン・ロイター引用栄誉賞を受けた。2009年のノーベル賞は「経済的統治、とりわけ企業の境界についての分析」に対して贈られ、スウェーデン王立科学アカデミーは、企業を対立解決の構造とみなす理論を展開したと説明されている。2020年5月21日、カリフォルニア州バークレーで死去した。

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