HISTORICAL PERSON · 223年(推定)没

アテナイオス

エジプトのナウクラティス出身の、ローマ帝国期のギリシャ語散文作家。2世紀ごろのローマの宴会を描いた『食卓の賢人たち』で、当時の料理や食卓の描写が知られる。

生涯
223年(推定)没
死亡地
—
出生地
—
出典
世界地図
位置情報未登録

伝記

アテナイオス(アテーナイオスとも)は、ローマ帝国期のギリシア語散文作家で、雄弁家、文法家でもある。紀元200年ごろに活動したとされ、エジプトのナウクラティスの出身であることから、ナウクラティスのアテナイオスとも呼ばれる。没年は223年と推定されているが、確かなことは分かっていない。

生きた時代については、『スーダ辞典』が「マルクスの頃の人」とだけ伝えている。ただ、192年に没した皇帝コンモドゥスについての記述が軽蔑を含んでいることから、コンモドゥスの死後も生き、セウェルス朝の下で暮らしたと考えられている。当時のアントニヌス朝の皇帝たちはギリシアの文人を厚く保護しており、多くの文人がローマへ渡った。アテナイオスもその一人だったらしいとされる。記憶力は並外れていたようで、中喜劇の作品およそ800篇から抜き書きをつくったと自ら述べている。

代表作は『食卓の賢人たち』(デイプノソフィスタイ)である。2世紀ごろのローマで開かれた宴会の物語で、著者自身が登場人物となり、友人ティモクラテスに宴席の様子を語って聞かせるかたちをとる。宴は数日にわたり、主人はプブリウス・リウィウス・ラレンシス、客は29人とされる。客たちは古代ギリシアの風習や伝統、日常生活、政治史、同時代の芸術、科学を食卓の話題として語り合う。ただし哲学の話題はごく少なく、アテナイオス自身がそれを好まなかったためといわれる。客には歴史上の人物も含まれ、最も有名なのはガレノスである。

現存する形では15巻だが、もとは30巻だったかもしれないという。第1・2巻と第3・11・15巻の一部は失われたものの、のちに作られた要約が欠けた部分を補っている。作品は192年のコンモドゥスの死後まもなく完成したのではないかとされる。

この書物の価値は、引用の豊かさにある。700以上の古代の著者が引かれ、その多くはアテナイオスの引用がなければ名も知られなかっただろうといわれる。1,250人の著者を挙げ、1,000以上の劇作品の題名を示し、1万行を超える詩句を写したとする説明もある。ただし、彼が原典を自分で読んだのか、中間の資料に頼ったのかは必ずしも明らかでない。それでも、失われた作品の多くが引用を通じて伝わった点で貴重である。

ほかに、タラッタという魚についての論文と、シリアの諸王の歴史も自身の代表作と考えていたが、どちらも散逸した。日本語では柳沼重剛による全5巻の完訳が京都大学学術出版会から刊行され、岩波文庫にも抄訳がある。スペインでは1999年、ルシア・ロドリゲス・ノリエガ・ギリェンが『食卓の賢人たち』の翻訳で国家翻訳賞を受けた。

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