伝記
イブン・ヒシャームは、9世紀のアッバース朝期の歴史家・学者である。完全な名はアブー・ムハンマド・アブド・アル=マリク・イブン・ヒシャーム・イブン・アイユーブ・アル=ヒムヤリーといい、預言者ムハンマドの伝記『預言者伝(アッ=スィーラ・アン=ナバウィーヤ)』の編者として知られる。没年は833年5月7日とも、834年ごろともされる。生年は分かっていない。
出身については記述に揺れがある。家系はバスラの出で、本人はバスラで育ってのちにエジプトへ移ったとされるが、旧カイロで生まれたともいわれる。一方、バスラで生まれ、イラクのクーファでハディース(預言者の言行の伝承)を学んでからエジプトに居を定めたとも伝えられる。家はイエメンのマアーフィル族に属するヒムヤル系の出自だったという。エジプトでは文法学者として、また言語と歴史を学ぶ者として名を上げ、系譜学者としても知られた。
『預言者伝』は、イブン・イスハークが著した最初期のムハンマド伝『神の使徒の伝記』を整理し直した改訂本である。イブン・イスハークの原著は失われ、イブン・ヒシャームの本とタバリーの本によってのみ伝わっているが、断片はほかにもいくつか残る。イブン・ヒシャームは序文で取捨の基準を述べている。それによれば、イブン・イスハークの弟子ズィヤード・アル=バッカーイー(799年没)の伝承に基づき、ムハンマドへの言及を含まない話、一部の詩、ズィヤードが正確さを確認できなかった伝承、読者の気分を害しかねない箇所を省いた。収録した詩はより正確な形に改め、難解な語句に説明を加え、固有名詞に系譜を補い、本文に出てくる場所を簡単に説明している。これらの注記は該当箇所の後ろに「イブン・ヒシャームいわく」の語を添えて付した。
この本は主に弟子のイブン・アル=バルキーを通じて伝えられ、864年ごろまでにはイスラーム期スペインのコルドバの学者たちのもとに伝わっていた。最初の印刷版は、ドイツの東洋学者フェルディナント・ヴュステンフェルトにより1858年から1860年にゲッティンゲンで出版された。最初の翻訳はグスタフ・ヴァイルによるドイツ語訳で、1864年にシュトゥットガルトで刊行された。20世紀には中東で何度も印刷され、1955年にはアルフレッド・ギヨームによる英訳がオックスフォード大学出版局から出た。ゲルノート・ロッターによる三分の一ほどの抄訳のドイツ語版もある。
ほかの著作に、南アラブの王たちを扱う『王冠の書(キターブ・アッ=ティージャーン)』への注釈がある。これは先イスラーム期の南アラブ人とその遺跡についての、歴史と伝説を交えた系譜の書である。
同じ年に亡くなった人物
- イドリース2世 (828年没)
- アブー・アル=アターヒヤ (828年没)
- アサド・イブン・アル=フラート (828年)
- ニキフォロス1世 (コンスタンディヌーポリ総主教) (828年没)
同じ地域に関係する人物
- Zarkashi (1392年没)
- ギルヒパ (紀元前1400)
- ムハンマド・タンターウィー (2010年没)
- アブー・カーミル・シュジャー・イブン・アサラム (930年没)
- Al-Mansur Ala-ad-Din Ali (1381年没)