伝記
小ポリュクレイトスは、古代ギリシアの彫刻家であり建築家である。ペロポネソス半島の都市アルゴスの出身とされ、大ポリュクレイトスと区別するために「小」と呼ばれる。紀元前4世紀の人物とされるが、正確な年代は定かでない。大ポリュクレイトスの息子で弟子だったとされる一方、おそらく実の父であろうともされる。同時代の一部が重なる大ポリュクレイトスの名声の陰に隠れたが、建築家としては最も顕著な業績を残した。
パウサニアスは、オリンピアの優勝者テバイのアゲノルの像を、ヘラ像を作った人ではなく、ナウキュデスの弟子であるポリュクレイトスの作としている。ナウキュデスは紀元前420年から400年ごろに没したとされるため、小ポリュクレイトスの活動時期はそれ以降とされる。チェコの百科事典では、彼はナウキュデスの子とされており、ここでは出自の記述が分かれている。ただし同事典は、彼を4世紀の彫刻家・建築家としている点で一致している。
彼は大ポリュクレイトスの流れをくむ学びのなかで、競技者の像を数多く作った。パウサニアスによれば、名声の中心はオリンピア競技の勝者の像にあったという。挙げられる作品には、メガロポリスのゼウス・メイリキオス像があり、紀元前369年の直後に作られたとされる。ほかに、オリンピア競技の勝者アンティパトロスの像、アゲノルの像、そしておそらくアプロディテ像がある。アミュクライにはスパルタ人の依頼でアプロディテ像を作り、費用はアイゴスポタモイの戦利品でまかなわれたという。ディオン・クリュソストモスが挙げるアルキビアデスの像も彼の作かもしれない。後世のローマ時代の模刻として、武装したアプロディテの像が伝わる。ただしパウサニアスが記した彼の彫像は、現存していない。
建築家としては、パウサニアスによってエピダウロスのトロスと劇場の設計者とされる。すでに彫刻家として名のあった彼が設計したこのトロスは、紀元前360年ごろに着工した。精巧な細部装飾をもち、とくに内側の列柱のコリント式柱頭が優れていた。この柱頭は、のちのコリント式の設計の多くに影響を与えたとされる。なお、劇場の建築は大ポリュクレイトスに帰す説もあるが、小ポリュクレイトスの作とする意見のほうが有力とされる。
同じ年に亡くなった人物
- ミュティレネのラオメドン (紀元前 360年(推定))
- メナンドロス (マケドニアの将軍) (紀元前 360年(推定))
- トレポレモス (将軍) (紀元前 360年(推定))
- コスのフィリタス (紀元前360)
- スプリウス・カルウィリウス・マクシムス (紀元前 360年(推定))
同じ地域に関係する人物
- リュクルゴス (スパルタ王) (紀元前210年没)
- テレシラ (紀元前460)
- アルキダモス2世 (紀元前427年没)
- クサンティッポス (紀元前300)
- エパメイノンダス (紀元前362年没)