HISTORICAL PERSON · 967年没

アル=カビーシー

10世紀後半のシリアまたはイラク北部で活動した占星術師。ハムダーン朝のサイフ・アッダウラに捧げた『星辰の判定術の手引き』は、ルネサンス期のヨーロッパで何度もラテン語版が刊行された。

生涯
967年没
死亡地
シリア共和国(アレッポ県 / アレッポ)
出生地
—
出典
世界地図
シリア共和国(アレッポ県)

伝記

アル=カビーシーは、10世紀のイスラム世界で活動した占星術師である。正式な名はアブー・アル=サクル・アブド・アル=アジーズ・イブン・ウスマーン・アル=カビースィーといい、天文学者、数学者としても知られる。967年に没した。ヨーロッパではアルカビティウス(アルカビツィウスなどの綴りもある)というラテン語名で知られ、判定占星術に関する著作は、ルネサンス期のヨーロッパで何度もラテン語版が刊行された。

生まれはイラクのカビースと考えられている。カビースは、モースル近郊とサーマッラー近郊の二か所の地名に結びつく名で、そのどちらかで生まれたとされる。ペルシア系だった可能性も指摘されている。『目録』(フィフリスト)の記述をもとに、イブン・アン=ナディームと同時代の人物とみなされるのが一般的である。のちにアレッポへ行き、ハムダーン朝の君主サイフ・アッダウラの宮殿で働き、そこに暮らした。アレッポやサラゴサに住み、サラゴサで没したとする説もあるが、確かなことは分からない。

主著は『星辰の判定術の手引き』(『星の判定の技術への入門』ともいう)で、ハムダーン朝のサイフ・アッダウラに捧げられた。判定占星術についての名著として、中世からルネサンス期のヨーロッパで高く評価された。アラビア語の写本は少なくとも25点が現存し、ラテン語訳の写本は200点を超える。ラテン語訳には複数があり、そのうち12世紀(1144年とも)にセビーリャのヨハンネスが訳したものが知られる。1362年にはペラン・ド・プリュスによるフランス語訳も作られた。1473年に初めて印刷され、1485年、1491年にも刊行され、しばしばザクセンのヨハンネス・ダンクの注釈が併録された。1503年にはヴェネツィアで、同じくダンクの注釈を付した版が出た。1521年までに、ラテン語の印刷版は12版を数えた。1518年から1523年ごろには、ピエール・チュレルが独自の補注をつけた版がリヨンで出版されている。

このほかに、数の種類と計算の手順を論じた論考、『距離と天体について』という論考、アル=ファルガーニーの『季節の書』の解説が、イスタンブールのアヤソフィア蔵の一つの写本に残る。このうち最初の二つも、サイフ・アッダウラに捧げられた。数に関する小著では、ユークリッドの完全数と、その作り方、サービト・イブン・クッラの親和数の定理を論じている。ほかにも『占星術の技術の確証について』、『天文表の解決』、『占星術師の試験に関する論考』、『アルマゲストへの疑問』などの題が伝わる。著作は中世のヨーロッパで大きな影響を及ぼし、活版印刷の発明後は、占星術の予言書や判断書の流行のなかで、印刷業者に好まれる題材のひとつになった。

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