伝記
アレクサンドリアのソティオンは、紀元前200年ごろから前170年ごろにかけて活動したギリシアの学説誌家(ドクソグラフォス)であり、伝記作者である。ペリパトス学派の哲学者とされることもある。生年は伝わらず、没年は紀元前169年とされる。本人の著作はひとつも現存せず、後世の著者による引用を通じて間接的に知られるだけである。それでも、のちにディオゲネス・ラエルティオスが哲学者列伝を著すうえで、重要な典拠のひとつとなった人物として知られる。
主著は『ディアドケー』、あるいは『ディアドカイ』と呼ばれる『哲学者たちの系譜』である。この書は、哲学者を師から弟子へと受け継がれる学派ごとに整理した、最初期の歴史書のひとつだった。たとえば、タレス、アナクシマンドロス、アナクシメネスを連ねるいわゆるイオニア学派のような区分である。全体は23巻からなっていたと考えられており、少なくとも一部は、テオフラストスの学説誌に拠っていたらしい。
この『系譜』はディオゲネス・ラエルティオスやアテナイオスによって非常にしばしば引用された。また、紀元前2世紀の半ばにはヘラクレイデス・レンボスがその要約を作るほどの影響力を持っていた。のちにはロドスのソシクラテスやロドスのアンティステネスが、同じ題名の著作を書いている。ソティオンの書は、全文の形でも要約の形でも広く用いられたといわれる。
ほかに、『ティモンの風刺詩(シロイ)について』と、『ディオクレスへの反駁』という著作も、彼の手になるものとされる。ただし、いずれの著作も今日には伝わっていない。また、ソティオンは学説誌家・伝記作者のほか、アレクサンドリアの文法家と呼ばれることもある。書誌学者シモン・シャルドン・ド・ラ・ロシェットの遺した草稿の中には、『ソティオンについて』と題するものがあったという。
なお、同じ名で呼ばれる別の人物に、セネカの師となったペリパトス学派のソティオンがいる。こちらは紀元後1世紀の人で、『豊穣の角』という書物の著者とされており、ここで述べたソティオンとは区別される。
同じ年に亡くなった人物
- コロポンのニカンドロス (紀元前 169年)
- 陸賈 (紀元前 169年)
- エンニウス (紀元前169年没)
同じ地域に関係する人物
- クレオメネス3世 (紀元前210年代没)
- Ibrahim Shams (2001年没)
- ムハンマド・アブドゥフ (1905年没)
- Pope John I (II) of Alexandria (505年没)
- ヨハネス・ピロポノス (570年没)