HISTORICAL PERSON · 1968年没

フェイ・ベインター

米国の女優。『黒蘭の女』で第11回アカデミー賞の助演女優賞を受賞した。4歳で初舞台を踏み、ブロードウェイでも活躍した。

生涯
1968年没
死亡地
アメリカ合衆国(カリフォルニア州 / ロサンゼルス)
出生地
アメリカ合衆国(ロサンゼルス)
出典
世界地図
アメリカ合衆国(カリフォルニア州)

伝記

フェイ・ベインターは、1893年12月7日にロサンゼルスで生まれたアメリカ合衆国の女優である。父はチャールズ・F・ベインター、母はメアリー・オケルといった。まだ子供の7歳ごろから舞台に立ち、1898年に子役として初舞台を踏んだとも伝えられる。その後は各地を巡業する女優となり、1912年に『ローズ・オブ・パナマ』でブロードウェイにデビューした。1916年から1933年にかけて、約20の舞台作品に出演し、その中にはサミュエル・シップマンの戯曲を上演したアスター劇場の舞台もあり、2年近いロングランとなった。

1921年6月、アメリカ海軍の士官レジナルド・シドニー・ヒュー・ヴェナブルと結婚し、1926年には息子レジナルド・ヴェナブル・ジュニアが生まれた。この息子は後に俳優になっている。映画界には、MGMに説得されて、1934年の『ディス・サイド・オブ・ヘヴン』で初めて出演した。同じ年にはブロードウェイでも、シンクレア・ルイスの小説を舞台化した『ドッズワース』で役を演じていた。

1938年に、『ホワイト・バナーズ』で主役を、『黒蘭の女』で脇役を演じ、この2作によって、翌1939年の第11回アカデミー賞の主演女優賞と助演女優賞の2部門に、同時にノミネートされた。このうち助演女優賞を受賞している。その後も『アワー・タウン』(1940年)でギブズ夫人を、『ステート・フェア』(1945年)でメリッサ・フレイクを演じるなど、数多くの映画に出演した。『ヤング・トム・エジソン』(1940年)ではエジソンの母を、『ウーマン・オブ・ザ・イヤー』(1942年)ではエレン・ウィットコムを、『ヒューマン・コメディ』(1943年)ではマコーリー夫人を、『ジューン・ブライド』(1948年)ではポーラ・ウィンスロップを演じている。テレビでは『ドナ・リード・ショー』(1962年)などにも出演した。

1950年代以降は、テレビドラマを中心に活動した。1961年には映画『噂の二人』でアメリア・ティルフォード夫人を演じ、第34回アカデミー賞の助演女優賞に再びノミネートされたが、受賞はならなかった。姪のドロシー・バージェスもハリウッドの女優だった。1964年に夫を亡くし、1968年4月16日に肺炎のため、生まれ故郷のロサンゼルスで世を去った。映画の分野での功績により、ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに名前が刻まれている。

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