HISTORICAL PERSON · 199年没

首露王

金官加羅国の始祖と伝わる古代朝鮮半島の王で、金海金氏の始祖。天から亀旨峰に降った金の卵から生まれたと伝えられ、42年から158年間在位したとされる。妃は阿踰陀国の王女と伝わる許黄玉。

生涯
199年没
死亡地
—
出生地
—
出典
世界地図
位置情報未登録

伝記

首露王(しゅろおう)は、金官加羅国の始祖と伝えられる古代朝鮮半島の王で、金海金氏の始祖とされる人物である。金官国伽倻は『魏志倭人伝』に狗邪韓国として見える国にあたる。在位は42年から199年までの158年間と伝えられ、没年は199年とされるが、その長寿は現代の韓国では信じがたいものと見られている。

出生については神話が残る。『三国遺事』に抄録された『駕洛国記』によれば、九干と呼ばれる首長たちが天の命を受けて祖先の祭りを行い、歌い踊っていると、赤い布に包まれた金の鉢が天から降りてきた。その中に6個の卵があり、12日後に6人の王子が生まれたという。首露王はその最初に生まれた者で、他の王子たちとともに6つの国を立て、伽耶連合の指導者の地位に就いたとされる。別の伝え方では、42年3月3日に亀旨峰(クジの岳)に降った金の卵から生まれ、九干に育てられたともいう。韓国の一部では、この頃に首露王を中心とする国家連合が成立したと見ている。金の卵から生まれたことにより金姓を名乗ったとされる。

卵から生まれたとする話は朝鮮の始祖にしばしば見られる。高句麗の東明聖王は柳花夫人の産んだ卵から生まれ、新羅の赫居世居西干は井戸のそばで見つかった卵からかえり、新羅の金氏の祖である金閼智は鶏の鳴く林で金の箱の中から見つかったといわれる。これらは王が天から降った存在だという古い見方を示すものと考えられ、北方騎馬民族の卵を神聖視する伝説との共通性も指摘される。また『新増東国輿地勝覧』には、伽耶山の女神と天神の間に生まれた兄弟のうち、弟の異名が首露王で金官加羅国を建て、兄は大伽耶を建てたとある。『三国史記』の金庾信列伝は、金庾信が金官加羅国の王家の子孫であり、首露王は少昊(金天氏)の子孫だとする。

『三国史記』新羅本紀には、102年に婆娑尼師今が、年長で知識の豊かな金官国の首露王を召し出し、音汁伐国と悉直谷国の境界争いの裁定をさせたという記事がある。妃は阿踰陀国の王女と伝わる許黄玉である。阿踰陀国の所在にはインド、タイ、日本など諸説があり、以前はインドのアヨーディヤーが有力視されたが、近年の韓国の学界では日本が有力視されているという。夫妻の間には10人の息子と2人の娘がいたと伝わり、長男は居登王、次男と三男は許氏を名乗り、残る7人の息子は僧になったとされる。長女の英安は裴悦文に、次女は昔仇鄒に嫁いだと伝えられる。

死後も王への祭祀は続いた。新羅の文武王は首露王の15世の孫にあたり、首露王の祭祀を行うよう命じて、一時は新羅の王たちとともにその位牌が敬われたという。首露王のものとされる墓は慶尚南道の金海市にあり、現在も守られている。金海金氏のほか、仁川李氏や金海許氏も首露王を祖とし、これらの氏族は20世紀初めまで互いに婚姻を結ばなかったとされる。金海とアヨーディヤーは2001年に姉妹都市となり、アヨーディヤーには夫妻の記念公園が両国政府の共同で造られつつあるという。金海天文台のプラネタリウムは出生神話にちなんで卵型をしており、2010年のテレビドラマ『鉄の王 キム・スロ』は少年期から即位までを描いた。このドラマでは、匈奴の皇族が祭祀に用いた金の像にちなんで金姓が始まったという話を取り入れ、主人公の首露王は匈奴の一部族である祭天金人族の可汗キム・ユンの息子として生まれたという設定になっている。

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