伝記
アルケルモスは、紀元前6世紀の中頃に活動した、キオス島出身の古代ギリシアの彫刻家である。ラテン名はアルケルムス、アルケルモス・キオスとも呼ばれる。父はミッキアデスで、息子のブパロスとアテニスもまた大理石を扱う彫刻家だった。生没年は伝わらない。活動時期は、6世紀前半とも、中頃ともされ、前半とみる説がかなり確実だという。
家系を伝えるのは、ローマの著述家大プリニウスである。プリニウスは、キオス島には彫刻家メラスがおり、その子がミッキアデス、孫がアルケルモスで、その子ブパロスとアテニスが詩人ヒッポナクスの時代に彫刻で名をあげたと述べたという。ただし、祖父がメラスという記述は、デロス島の銘文の誤読に基づくとされる。その銘文ではキオスが「メラスの町」、すなわち神話上の創建者であるポセイドンの子メラスにちなむ町と呼ばれており、これが人名と取り違えられたというのである。ミッキアデス自身が彫刻家だったという伝えも、同じ銘文からの推測にすぎない可能性があり、必ずしも確かではない。プリニウスはアルケルモスの作品がレスボス島とデロス島にあったと記している。
アルケルモスの実在と作品を裏づけるのは、碑文の発見である。デロス島では、制作者としてアルケルモス、奉納者として父ミッキアデスの名が刻まれた台座が見つかった。この台座は、スフィンクスを支えていたものだったかもしれないとも考えられている。アクロポリスのペルシア軍による破壊の瓦礫の中からも、アルケルモスの名の入った二つ目の制作者銘が出ている。字体はやや新しいが、同じ家系の後の同名の彫刻家の作と考える必要はないとされる。こうしたことから、アルケルモスはキオスの彫刻家たちの流派の最古の代表者で、あるいはその創始者だったのかもしれないと考えられている。
アルケルモスは、ニケとエロスに翼をつけて表した最初の人物だったとされる。これはアリストパネスの喜劇『鳥』の古注に記された伝承であるが、その帰属には異論もある。1877年にデロス島で出土した、走る姿の古拙期のニケ像は、近くで見つかった台座と結びつけて、一時は「アルケルモスのニケ」と呼ばれた。しかし後に、アルケルモスと父の作とされるのは台座だけで、像と台座の結びつけは早計だったと指摘された。一方で、台座と像が一体のものだったという見方も、反対意見はあるものの、なお有力とされる。この翼のある女性像については、ニケではなく翼のあるアルテミスだとする解釈や、イリスだとする見方も出された。
パロス産の大理石で作られたこの像は、膝を曲げて足が地面に触れず、衣のひだにだけ触れているように表され、ニケが宙に浮かんでいる様子を示そうとしたと解釈される。翼は広げられ、正面性の法則に従い、顔には古拙期特有の微笑みが浮かぶ。
同じ年に亡くなった人物
- テアゲネス (紀元前600)
- Charondas (紀元前600)
- アッシュル・ウバリト2世 (紀元前600年代没)
- Aspelta (紀元前600)
- Nitokris II (紀元前600)
同じ地域に関係する人物
- Choerilus of Samos (紀元前460)
- エノピデス (紀元前419)
- Zoilus (紀元前319)
- ナムク・ケマル (1888年没)
- アリスティルス (紀元前300)