伝記
アヴィーチー、本名ティム・バークリングは、1989年9月8日にスウェーデンの首都ストックホルムで生まれた音楽プロデューサー、リミキサー、DJである。高級住宅街のエステルマルム地区で育った。母は女優のアンキ・リデン、父はクラース・バークリングで、兄にアントンがいる。幼いころから兄とともに様々な音楽を聴いて育ち、ピアノやギターを習ったが、やがて音楽制作ソフトを見つけて夢中になった。アーティスト名は、サンスクリット語で「無間地獄」を意味する言葉に由来する。ティム・バーグやトム・ハングスの名義も使っていた。
高校を出ると、18歳から自分の寝室を改造して曲を作り、リミックスを手がけながら、様々なブログに作品を次々と発表した。ゲームのテーマ曲を作り直した曲が高い評価を受け、英国のDJピート・トンが主催する大会では、聴衆の70パーセントから票を集めて優勝した。2008年4月にトンのレーベルから初めてトラックを出し、複数のレーベルやエージェンシーの目に留まった。早くからオランダのDJティエストにも注目され、招かれてイビサ島のイベントに出演している。2010年にティム・バーグ名義で出した「シーク・ブロマンス」は、アマンダ・ウィルソンを迎えて十数か国のチャートで20位以内に入った。2011年にデヴィッド・ゲッタと組んだ「サンシャイン」は、2012年のグラミー賞の最優秀ダンス・レコーディング部門にノミネートされた。
同年10月、エタ・ジェイムスの曲をサンプリングしたシングル「レベルズ」を発表し、約20か国のチャートでトップ10に入った。この曲は2013年のグラミー賞にもノミネートされた。2012年にはマドンナの曲のリミックスを手がけ、英国の専門誌のトップ100DJの順位では3位に選ばれた。9月にはニューヨークのラジオシティ・ミュージックホールで、DJとして初めて主役を務めた。2013年に発表したデビュー・アルバム『トゥルー』は、ブルーグラスやカントリーなど多彩な歌い手を迎えたもので、先行シングル「ウェイク・ミー・アップ」はたちまち全英1位を獲得した。「ヘイ・ブラザー」も全英チャートでトップ5に入り、英国では初日だけで約8万8000枚を売り上げた。この年にはアバの元メンバー、ベニー・アンダーソンとビョルン・ウルヴァースとともに、ユーロビジョン・ソング・コンテストの主題歌も共作している。2015年には2作目のアルバム『ストーリーズ』を出した。
一方で、健康は損なわれていった。21歳で急性膵炎を患い、2014年には胆嚢と虫垂を切除した。2013年には雑誌の取材に、パーティーをし過ぎて飲み過ぎていると語っており、2016年3月には年内でDJ活動から引退すると発表した。8月28日にイビサ島で最後の公演を行い、長いツアー生活に区切りをつけた。2017年にはEPと、ドキュメンタリー『トゥルー・ストーリーズ』を公開している。日本では2016年6月に大阪などで公演し、これが生前唯一の来日公演となった。
2018年4月20日、滞在していたオマーンのマスカットで急死した。オマーン警察は事件性はないとした。のちに家族は、自殺だったことを示唆する声明を出し、メンタルヘルスに問題を抱える人々を支援する財団を設立した。2019年6月には、生前に制作した12曲を収めたアルバム『ティム』が発売され、その純利益は財団に寄付された。同年12月にはストックホルムで追悼コンサートも開かれた。
同じ年に亡くなった人物
- アレクサンドル・クルロビッチ (2018年没)
- ヘスス・ロペス=コボス (2018年没)
- トマス・A・スタイツ (2018年没)
- ルイス・ガルシア・メサ・テハダ (2018年没)
- ジョン・ヤング (宇宙飛行士) (2018年没)
同じ地域に関係する人物
- アッザーン・ビン・カイス・ビン・アッザーン (1870年没)
- ハマド・ビン・サイード (1792年没)
- カーブース・ビン・サイード (2020年没)
- Turki bin Said Al Busaidi (1888年没)
- サイイド・サイード (1856年没)