HISTORICAL PERSON · 2017年没

ジョニー・アリディ

フランスのロック歌手・俳優。1960年にデビューし、1969年の「ク・ジュ・テーム」などで知られる。スタジアム公演で観衆を魅了した国民的存在で、シルヴィ・ヴァルタンの元夫でもある。

生涯
2017年没
死亡地
フランス共和国(オー=ド=セーヌ県 / マルヌ=ラ=コケット)
出生地
フランス共和国(9区)
出典
世界地図
フランス共和国(オー=ド=セーヌ県)

伝記

ジョニー・アリディは、1943年6月15日にパリで生まれ、2017年12月5日にパリ西郊のマルヌ=ラ=コケットで没したフランスの歌手、俳優である。本名はジャン=フィリップ・スメット。生涯にわたってフランスの音楽界に君臨した、国民的なロック歌手であった。フランス語圏で最も有名な歌手の一人で、フランスで最初にロックを歌った人物ではないが、1960年から、それを広めた最初の歌手だった。

母ユゲットは乳製品店の店員で、父レオン・スメットはベルギー人の芸人だった。生まれたときは母の姓のクレールを名乗っていたが、父は認知せず、1944年の初めに母子を捨てた。のちに母の求めで、一度夫婦に戻る形で認知がなされ、スメットと名乗るようになった。母はその後、衣装モデルとして働き、仕事の時間が少なかったため、息子を義理の姉エレーヌ・マールに預けた。エレーヌは母代わりの存在となった。エレーヌの夫は、ナチスの宣伝放送に関与したとして、戦後に逮捕された。戦後のフランスでは、父がいない少年は、「ドイツ野郎の息子」「私生児」などと呼ばれたという。3歳のころから、エレーヌの娘で、クラシック・バレエの踊り手だった従姉たちの仕事に付いて回り、芸人の子の生活を送った。

1960年、17歳でデビューし、当初は主にエルヴィス・プレスリーなどのアメリカのロックのカバー曲を歌った。ヴィブラートの効いた力強い歌と、激しい歌い方、その風貌で、フランス語圏の聴衆を魅了した。1965年4月、21歳で、人気絶頂の20歳のシルヴィ・ヴァルタンと結婚し、翌1966年8月に一人息子のダヴィドが生まれた。トップスター同士の結婚は、公私ともに常に報道の対象となった。1966年9月には、自殺未遂を起こした。1969年の「ク・ジュ・テーム」が代表曲となり、1973年にヴァルタンと初めてデュエットした曲は、フランスで1位となった。同じ年の1月に、日本で一度だけ公演を行っている。二人は1980年11月に離婚したが、その後も、フランス国民にとって切り離せない、伝説的なスター・カップルであり続けた。

1970年代には複数のスポーツ宮殿での公演を行い、その後も大規模な会場で公演を続け、1980年代半ばから、新進の人気シンガーソングライターと協力した。新譜を出すたびにレコード売り上げの1位になった。1993年6月、50歳を祝ってパリのパルク・デ・プランス・スタジアムで開いたコンサートは、3日間で18万人を動員し、ゲストとして迎えたシルヴィ・ヴァルタンが登場する場面は、テレビで生放送された。2009年には、エッフェル塔の前で花火とともに無料のコンサートを開き、続いてスタッド・ド・フランスで大規模な公演を行った。

女性遍歴が多く、離婚後に4度の結婚があり、女優ナタリー・バイとは1982年から1986年に同棲して、娘で女優のローラ・スメットが生まれた。1996年にレティシアと5度目の結婚をし、2004年と2008年にベトナムから養子を迎えた。自動車が好きで、1967年のラリー・モンテカルロに参戦し、2002年にはダカール・ラリーにも挑戦した。2009年に大腸がんと診断されて手術を受けた。2017年に肺がんで亡くなり、葬儀は国葬に準ずる警備のもと営まれ、数十万人のファンが見守った。

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